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『ハレルヤ・コーラス 』歌詞と解説(作曲:ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル)

オラトリオ ≪メサイア≫ より 第2部 第44曲

Georg Friedrich Händel
英語名:George Frideric Handel (ジョージ・フリデリック・ヘンデル)
Chorus:Hallelujah  from ORATORIO “Messiah” Part the Second № 44

 

Hallelujah, 
For the Lord God Omnipotent reigneth,
Hallelujah!
(Revelation XIX 6)

The Kingdom of this world is become
the Kingdom of our Lord and of His Christ, 
and He shall reign for ever and ever,
Hallelujah!
(Revelation XI 15)

King of Kings, and Lord of Lords,
(Revelation XIX 16)
and He shall reign for ever and ever,
Hallelujah!

ハレルヤ、
全能であり、私たちの神である主(が王座につかれた)
ハレルヤ!
(ヨハネの黙示録 第19章6節)

この世の国は、
我らの主と、そのメシアのものとなった。
主は世々限りなく統治される。
ハレルヤ!
(ヨハネの黙示録 第11章15節)

「王の王、主の主」
(ヨハネの黙示録 第19章16節)
主は世々限りなく統治される
ハレルヤ!

 

《日本語歌詞》

ハレルヤ × 10回
全能の神 統べたもう ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ
全能の神 統べたもう ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ
全能の神 統べたもう
ハレルヤ × 14回

この世 並(な)べて 並べて
神の治(しろし)めす国となりぬ
永遠(ときわ)に変わりあらじ 永遠に変わりあらじ 永遠に変わりあらじ
主なるわが神 主なるわが神 主なるわが神 わが神
永遠に 永遠に 永遠に変わりあらじ 変わりあらじ
ハレルヤ ハレルヤ

永遠に変わり 変わりあらじ
主なるわが神 主なるわが神
永遠に変わりあらじ 主なるわが神
ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ

 

解説

オラトリオ 《メサイア(救世主)》 は、イエス(Iesous…「神は救う」 の意)・キリストの一生を描いた全三部、53曲からなり、 あらゆるものの中で最も偉大な主題―人類の贖罪―にもとづく、敬虔な信仰に裏付けられた感動の大作です。
MESSIAH(メサイア)とは、民衆を救うことができる特別な存在に香油を注いだ古代ユダヤの風習にちなみ、「王」 または 「救世主」 といった意味合いを 持つようになった、「油を注がれたもの」「王に任命されたもの」の意味を持つヘブライ語の「Mashiah」(メシア)、 あるいはアラメア語の「Meshiah」がギリシア語化されて 「Messias(救世主)」 となったものの英語化です。
また 「キリスト」 はヘブライ語の 「メシア」 のギリシア語訳をラテン語にした 「Christos(クリストス)」 からきています。
したがってメサイアという語はキリスト教教義の根幹にかかわる意味を持つ名称であるとともに、極めて内容の深い作品タイトルといえます。

《メサイア》 の第一部では「予言」と「イエス・キリストの降誕」を、第二部では「受難」を、第三部では「復活」と「永遠の生命」を歌っています。
オペラで失敗し、心身、それに経済的にも痛めつけられ、絶体絶命のピンチにおちいったヘンデルに、 チャールズ・ジェネンズ(実際に書いたのは彼の秘書プーレイという説もあり)が旧訳・新訳聖書をもとにキリストの生涯を綴った台本を渡し、作曲を勧めました。
合唱やソロ、重唱からなる「メサイア」の台本を見たヘンデルは大いに作曲意欲をかき立てられ、この大作を56歳のときに24日間(8月22日から作曲にとりかかり、 7日間で第一部、続く9日間で第二部、さらに6日間で第三部、そしてオーケストラをつけるのに2日かかり、9月14日完成)で書き上げてしまいました。
そして、1742年4月13日、アイルランド総督、ウィリアム・カヴェンディッシュの招きにより、ダブリンのウィリアム・ニール新音楽堂で慈善公演の形で初演され、大成功を収めました。
荘厳な雰囲気にあふれたハレルヤは第二部を閉じる、高らかに神を賛美する合唱曲で、1743年3月23日にロンドンでの演奏を聴いていた国王ジョージ2世が、 “For the Lord God Omnipotent reigneth(全能の主、我らの神は統べしらすなり)” と歌いだすのを聞いたとき、 感動のあまり思わず立ち上がり、合唱が終わるまで聴衆とともに立ち続けたという話は有名です。
そこからハレルヤ・コーラスの間、聴衆が起立する習慣がうまれたといわれています。
物語や事件の連続を取り扱ったものではなく、主役となるべき人物が登場しないのも、「メサイア」の特色です。

ハレルヤは、 「神をほめたたえよ」 という意味で、ヘブライ語のハラルー(賛美する)とヤー(神の名)が結びついた言葉です。
終末におけるキリストの再臨とメシアの救いの完成を賛美するヨハネ黙示録からのテキストを使い、
「喜び称えよ!(ハレルヤ)」 と “終末におけるメシアの勝利” を繰り返し賛美する歌声が鳴り響き、「メサイア」テキスト中最高潮に達します。
最初のテキストの主題は、神の王国における喜び、玉座に着かれたメシアを賛美し、
第二のテキストは、「声」が第七のラッパとともに響き渡り、地上の敵を完全に滅ぼし、天においても、地においても、神メシアの統治が完全に実現されることを賛美し、
最後のテキストでは、勝利のキリストに捧げられた「王の王」「主の主」の賛美に続いて、第二のテキストの後半が繰り返されます。

音楽家たちの多くが教会にかかわっていたバロック時代において、ヘンデルはオペラ作曲家として大成した例外的な存在です。
コラール旋律を素材とするおびただしい数の作品を残し、宗教曲、器楽曲にすぐれ、音楽の父といわれるバッハとは対照的に、 ヘンデルは劇音楽と合唱音楽にすぐれ、礼拝用の音楽はわずかしか書いていません。
明らかに劇場音楽作品であり、深い宗教性を持ちながら教会で行われるような典礼音楽ではない 「メサイア」 が、 バロック時代の宗教的オラトリオの代表として、まっさきに挙げられるのは、 オペラで培われたドラマティックな手法が随所に生かされ、聴衆の耳と心を奪う素晴らしいアリアと合唱の音楽となって、この作品に限りない魅力を与えているからです。
「メサイア」の魅力は、展開する救いのテーマではなく、その聖歌風の合唱曲、贅沢な典礼にも似たすばらしい合唱であるといわれています。
台本をかいたジェネンスは、音楽としてできあがったメサイアを良質の娯楽作品と評しました。

 

豆知識

・その1 オラトリオとは・・・

オラトリオ〔祈祷所の意〕とは、宗教的内容をもつ長い物語を、独唱・合唱・管弦楽のために劇風に構成した作品。聖譚曲(せいたんきょく)です。
19世紀の終わり頃まで、オペラやオラトリオのテキストは別々の構成分子にわけられていました。
コーラス、アリア、レチタティーヴォ(叙唱。状況説明的な話すように歌う部分)のいずれであろうと、それらは純粋に音楽的な立場から独立していました。
スコアの中でもこれらの作品ははっきりと分けられ、番号(nunber)をつけられており、「ナンバー」という名称はここから生まれました。

 


・その2 「ヨハネの黙示録」 より抜粋

 

ハレルヤの歌詞となった 「ヨハネの黙示録」 の黙示録(アポカリプス)とは、ギリシア語のアポカルプシスから出ていて、 その動詞アポカルプティンは覆いを取りのぞくという意味で、奥義、秘密をあきらかに展べ示すことをいいます。
全22章からなり、世界の終末とキリストの再臨、ミレニアム(千年王国)の到来が語られています。
ちなみにイエスの由来は、ユダヤ人のなかではごくありふれた名のヨシュアがギリシア語読みのイエススになり、それが日本でなまって、イエスになったものです。
時代背景として、当時キリスト教はローマ帝国により皇帝崇拝を強いられ、迫害されていました。

 

私、ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストの証、つまり自分の見たすべてのことを証言する。
この予言の書を読む者と、これを聞いてそのなかに記されたことを守る者たちは幸いである。時は迫っているからである。
神は自らを、「私はアルファであり、オメガである」 と語った。(アルファはギリシア語のアルファベットの最初で、オメガは最後の文字。つまりすべての最初であり、終わりであるということ)
ヨハネの後ろでラッパのように大きな声が言った。
「おまえが見ることを文に記して、エフェソ、スミュルナ、ペルガモン、ティアティラ、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキアにある7つの教会におくれ」

天の玉座に座っている神のまわりには、獅子のようなもの(野獣の王、尊さをあらわす)、若い雄牛のようなもの(家畜の王、力をあらわす)、人間のような顔をもつもの(すべての動物の頂点、知恵をあらわす)、 空を飛ぶ鷲のようなもの(鳥たちの王、素早さをあらわす)といった、それぞれ6つの翼を持ち、前も後ろも目がたくさんついた4つの生き物(ケルビム)がいて、神に栄光と誉れと感謝を捧げていた。
ヨハネは神の右手に巻物があることに気がついた。裏表に文字が記され、7つもの封印で厳重に閉じられていた。
天使のひとりが、「この封印を解くのにふさわしい者はいないか」 と叫ぶと、やがてダビデのひこばえ(末裔)である7つの角と7つの目を持つ犠牲の子羊(キリスト)が推薦され、封印を解きにかかった。
第一の封印が解かれると、白馬“戦争”が現れ、乗り手は弓を携えていた。彼は冠を与えられた勝利者だったが、さらに勝利を得ようと出ていった。(白は勝利のシンボル、外国に征服されることを示す)
第二の封印が解かれると、火のように赤い馬“内乱”が現れ、騎手には“地上から平和を奪い、殺し合いをさせる力”を与えられた。彼は大きな剣を持って出ていった。
第三の封印が解かれると、手に秤(飢饉のときの食料の欠乏を示す)を持った騎士が乗る黒い馬“飢饉”が現れた。玉座の周りにいる4つの生き物の間から声があがり、小麦や大麦の秤値を告げた。(1日中働いても一人分の食料しかもらえないという意味らしい)
第四の封印が解かれると、陰府(よみ)を従え、青白い馬“死”にまたがった騎士 「死(疫病)」 が現れ、地上の4分の1を支配し、さらに地上の野獣で人を滅ぼす権威が与えられた。
第五の封印が解かれると、殉教者たちの魂が出現し、神に地上の人々への復讐を懇願した。彼らには白い服が与えられ、殉教者の数が満ちるまで待つように告げられた。
第六の封印が解かれると、大地震が起こり、太陽は黒く、月は血の色に染まり、星は地に落ち、天は巻き取られるように消えた。山や島は移動し、地上の人々は洞窟や谷間に隠れた。
そのあと4人の天使が大地の四隅で風をさえぎり、東からやってきた天使が4人の天使に、「神のしもべたち、イスラエルの12部族から1万2千人ずつ、計14万4千人(12部族の二乗の千倍で無数を表す)の額に刻印を押しおわるまで、 大地も海も損なってはならない」 と呼びかけた。
最後の第七の封印が解かれたとたん、天は終末の審判が到来するまえの、半時間ほどの沈黙に包まれた。
やがて7人の大天使、ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルと、残り3人(ラグエル、サラカエル、レミエル、サリエル、メタトロン、カマエル、ハニエル、など諸説あり)が神の御前に立ち、ラッパを与えられた。 別の天使が金の香炉に香をつめ、天の祭壇の火で満たし、地上に投げつけた。するとこれから起きる出来事の前兆のように雷や稲妻、地震が大地を揺るがした。
最初の天使がラッパを吹くと、血のまじった雹と火が出現して地上に降り注ぎ、地と木々の3分の1が焼かれた。
第二の天使がラッパを吹くと、巨大な山のような火の塊が海に投げこまれ、海の3分の1が血に変わり、海に住む生き物と船、それぞれ3分の1が破壊された。
第三の天使がラッパを吹くと、「苦よもぎ」 という名の燃える星が天から落ち、地上の川を流れる水の3分の1が苦くなり、多くの人命が失われた。
第四の天使がラッパを吹くと、太陽、月、星の3分の1がなくなってしまった。そして空高く飛ぶ一羽の鷲が大声で、「災い、災い、災いだ、地上に住む者たち。なお残りの3人の天使が吹こうとしているラッパの響きゆえに」 と叫んだ。
第五の天使がラッパを吹くと、ひとつの星が地上に落ちてきた。この星は底なしの淵に通じる鍵を与えられていて、その淵の穴を開いた。すると穴から黒煙が立ちのぼり、太陽も空もさらに暗くなってしまった。
さらに煙のなかから無数のいなごの群れが地上にはいだしてきた。いなごの姿は戦場へおもむく馬に似ていた。頭には金の冠に似たものをかぶり、顔は人間のようで、女の髪にライオンの歯を持っていた。そのうえ鉄の胸当てのようなものをつけ、 羽音は戦車の響きに似ていた。また蠍のような尾があって、額に刻印のない人は刺され、死ぬこともできないまま5ケ月の間苦しみ続けた。彼らはヘブライ語でアバドン(滅び、陰府のこと。彼が使者としてつかえる 底なしの淵アビスは天地創造以前の混沌(カオス)の意味を持っている)といい、ギリシア語ではアポリオンという底なしの淵の使いを王としていた。
第六の天使がラッパを吹くと、金の祭壇の四本の角から声が響き、第六の天使に 「ユーフラテス川のほとりにつながれている4人の天使を解き放してやれ」 と言った。 人間の3分の1を殺すために4人の御使いは解き放たれ、同時に2億の騎兵が現れた。 馬の頭部はライオンのようで、口からは火と煙、硫黄を吐き出し、蛇に似た頭を持つ尾があった。 それにより人類の3分の1が殺されたが、しかし人々は偶像崇拝や殺人、淫らな行為、盗みをやめようとはしなかった。
雲を身にまとった力強い一人の天使が天から下ってきて、世々限りなく生きている方(神)に 「古き時は過ぎ去った。 第七の天使がラッパを吹くとき、神がしもべである預言者に告げられたとおり、神の秘められた計画(メシアの勝利)がすぐに成就する」 と誓った。
第七の天使がラッパを吹いた直後、天から数多くの大声が響き渡った。「この世の国は、われらの主と、そのメシアのものになった。彼は世々限りなく王たらん」 そして神の神殿の扉が開け放たれ、純金で覆われた 木製の契約の箱(モーセの十戒を刻んだ2枚の石版、天の食べ物マナを入れた金の壺、モーセの兄アロンの杖が入っている)が見えた。地上には稲妻や雷、大粒の雹が降り注ぎ、地震が起こった。

太陽をまとい、月に乗り、12の星の冠を戴いた女(マリア)が天に現れた。女は身ごもっていて、産みの苦しみに叫んでいた。やがてそれぞれに冠をかぶった7つの頭(黙示録が書かれた時代までの7人のローマ皇帝、 またはローマを象徴する7つの丘をあらわしている)と10本の角(ローマ帝国支配下の10人の王)を持ち、しっぽで星の3分の1をかき集めて落とす巨大な赤い竜が現れ、産まれてくる子供を食べようと女の前で待ち構えていた。 しかし女は無事に男の子を生み、その子(メシア)は神の玉座に引き上げられ、女(マリア)は避難場所である荒野へ逃げた。
ミカエル率いる天使たちが竜(サタン)に攻撃し、地に投げ落とした。また天から声が聞こえた。
「今や、われわれの神と救いと力と支配、そして神のメシアの権威が現れた。われわれの兄弟を告発する者、昼も夜もわれわれの神の御前で彼らを告発するものが、投げ落とされたからである。天とそこに住むものは喜べ、 ただし地と海には憤る悪魔が下ってきたから災いあれ」
竜は荒地へ女を追いかけたが、大地が女を助けた。竜は女にたいして怒り、女の子孫のうち、神の掟を守り、イエスの証をもつ人々と戦おうと海辺の砂の上に立った。

冠をつけた10本の角と、それぞれ神を冒涜する名前が記された7つのライオン(貪欲なバビロニア人を象徴)の頭、熊(頑健なペルシア人を象徴)の足と、豹(敏捷なマケドニア人を象徴)の体をした獣、 レヴィアタン(ニセ救世主)が海からあがってきた。 竜がこの獣に杖(権威)を与え、生命の書に名を記されていない人々は獣を拝んだ。
さらに地中から子羊に似た2本の角をもつ獣、ビヒモス(神の子羊のニセモノ)があらわれ、竜のようにものを言った。(竜(サタン)、海の獣(レヴィアタン)、陸の獣(ビヒモス)で悪の三位一体)
第二の獣は天から火を降らせ、人々につくらせた第一の獣の像に息を吹きこみ、ものが言えるようにした。 そしてその像を拝まなければ殺し、すべての者の右手か額に刻印を押させた。この刻印がないと、売り買いができなくなった。 刻印は獣の名を意味する数字“666”で、皇帝ネロをさしている、らしい。(詳しくはページの一番下参照)

一方、神の刻印が押された14万4千人はシオンの山(ソロモンが神殿をたてた丘。終末に神が戻られ定住する聖なる山)にいて、四つの生き物たちの前で新しい歌を歌った。

神の怒りが全うする最後の七つの災いを携え、七人の天使が開かれた天の神殿から出てきた。四つの生き物のひとつが七人の天使に神の怒りの満ちた七つの金の鉢を渡すと、 神殿は神の栄光と力から立ちのぼる煙に満たされ、七つの災いが終わるまで誰も入れなかった。
神殿から七人の天使に、「神の怒りの鉢を地上に注げ」 という大きな声があった。
第一の者が鉢を地上に注ぐと、獣の刻印をもつ人とその像を拝んだ人の体に悪性の腫れ物ができた。
第二の者が鉢を海に注ぐと、海は死人の血のようになって、海の生き物が全滅した。
第三の者が鉢を川と水源に注ぐと、水は血に変わった。
第四の者が鉢を太陽に注ぐと、太陽は人を焼いたが、焼かれたことで人は神を冒涜し、悔い改めなかった。
第五の者が鉢を獣の王座の上に注ぐと、獣の国は暗くなり、痛み苦しんだことで人は神を冒涜し、己の行いを悔い改めなかった。
第六の者がユーフラテス河に注ぐと、河の水が枯れ、日の出る方角から来る王たちの道ができた(ローマの東方の強国、 パルティア軍の諸王たちが攻めてくる道ができたことから、ローマ滅亡を意味する)。 竜、獣、偽の預言者の口から蛙のように穢れた悪霊が3匹飛び出し、全能の神との大いなる戦いのため、 世界中の王のところへ向かい、ハルマゲドン(ヘブライ語で、ハル・メギド(メギドの山)の意)と呼ばれる地に王たちを招集した。
第七の天使が鉢を空中に注ぐと、玉座から大声が響いた。
「事は成就した!」
かつてない大地震が起こり、大いなる都市バビロン(ローマ)は3つに引き裂かれた。 すべての島は逃げ去り、山は消えうせ、25㎏もある大きな雹がふった。人々は苦しみを与える神を冒涜した。

燃え盛る炎のような目を持ち、多くの冠をかぶった 「誠実、および真実な方」 と呼ばれる騎手が白馬(勝利の象徴)にまたがり現れた。 血に染まった衣をまとう彼の名は「神の言葉(ロゴス)」で、馬に乗った天の軍勢を従えていた。彼の口からは鋭い剣が出ていて、 それをもって諸国の民を打ち倒し、鉄の杖(杖は支配者の象徴)で彼らを治めた。衣と腿には 「王の王、主の主」 と記されていた。
ひとりの天使が空高く飛ぶすべての鳥に 「神の大宴会に集まって、王たちの肉、将軍の肉、権力者の肉を食べよ」 と叫んだ。
一方、獣と王たちの軍勢が集結し、白馬の騎手と天の軍勢に戦いを挑んだが、獣、ニセ預言者、悪魔の刻印をもつものは捕らえられ、 生きたまま硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。 残りの者も神の口から出ている剣で殺され、すべての鳥たちは彼らの肉を飽きるほど食べた。
底なしの淵の鍵と鎖を持ったひとりの天使が降りてきて、赤い竜(サタン)を捕らえ、千年の間底なしの淵に縛りつけた。
イエスの証と神の言葉のために首をはねられた人々、獣とその像を拝むことを拒んで殺された人々が生き返って、 神とキリストの祭司になり、キリストとともに千年の間、地上を統治した。その他の死者は千年たつまで生き返らなかった。 この第一の復活にあずかる人は幸せである。彼らには第二の死(最後の審判)は何の力も持たない。

千年後、解放されたサタンは多くの諸国の民であるゴグとマゴグ(神の民にとって敵となる地の王)を惑わし、戦いのために召集をかけた。 彼らが聖徒たちの陣営と愛される都を取り囲むと、天から火がくだり彼らを焼き尽くした。 彼らを惑わした悪魔は、獣とニセ預言者たちがいる火と硫黄の池に投げ入れられ、彼らはそこで永遠に苦しめられる。
白い玉座に座る方を見た。天も地もその御顔の前から跡形もなく逃げ去った。やがて神の玉座の前で最後の審判が行われる。 海、死、陰府から死者たちが神の御前にやってくる。生命の書が開かれ、そこに記された死者の生前の行い応じて裁かれ、 名前が記載されていない者は火の池に投げこまれた。これが第二の死である。死と陰府も不要になり、火の池に投げ込まれた。

今までの天と地は消え去り、海も消滅した。新しい天地に聖なる都、新しきエルサレムが新郎のために着飾った花嫁のように天から降りてくる。
玉座から大きな声が言った。「神は人とともに住み、人は神の民となる。前(さき)のものは過ぎ去り、もはや死も悲しみも嘆きもない」
玉座に座す方が言った。「私はすべてのものを新しくする。事は成就した。私はアルファであり、オメガである。初めにして終わり。 渇いている者には生命の水(永遠の命の象徴)の泉を無償で飲ませる。勝利を得る人はそれを受け継ぐ。 私はその人の神となり、その人は私の子となる。しかし臆病な者、信じない者、憎むべき者、人を殺す者、淫らな行いをする者、 呪いを為す者、偶像を拝む者、偽る者は火と硫黄の燃える池にてその報いを受ける。これが第二の死である」
最後の七つの災いの鉢を持っていた七人の天使のひとりが来て、「子羊の妻である花嫁(聖なる都エルサレム)を見せよう」 と言い、大きな高い山へ連れていった。栄光に輝く新しい都が神のもとをはなれ、天よりくだってくるのが見えた。宝石のごとく輝いている都は 正立方体で一辺が2220キロあり、透き通ったガラスのような純金でつくられている。東西南北に3つずつ合計12の真珠で つくられた門にはイスラエルの子孫の12部族(ユダ、ルベン、ガド、アセル、ナフタリ、マナセ、シメオン、レビ、 イサカル、ゼブルン、ヨセフ、ベニミヤン)の名が記され、それぞれ天使に守られていた。 65メートルの高さがある城壁の12の土台石には十二使徒の名が刻まれ、第一の土台は碧玉(ジャスパー)、第二は瑠璃(ラピス・ラズリ)、 第三は玉髄(カルセドニー)、第四は緑玉(エメラルド)、第五は紅縞瑪瑙(サードオニクス)、第六は赤瑪瑙(レッドアゲート/カーネリアン)、 第七は貴橄欖石(ペリドット)、第八は緑柱石(ベリル)、第九は黄玉石(トパーズ)、第十は緑玉髄(クリソプレーズ)、 第十一は青玉(サファイア)、第十二は紫水晶(アメジスト)で飾られていた。
全能の神なる主と子羊がエルサレムのどこにでもいるから、都に神殿はない。
この都には太陽も月も必要ない。神の栄光が照らし、子羊が都の明かりそのものだから。ゆえに夜もなく、門は閉ざされない。 しかし心が穢れた者や偽りを行う者は誰もこの都には入れない。入れるのは、子羊の生命の書に名前を書き記された者だけである。

大通りの中央には神と子羊の玉座から流れ出た水晶のように輝く生命の水の川があり、その両岸にある生命の木は、年に12回も実を結び、葉は病を治す。 もはや呪われるものは何もない。神と子羊の玉座が都の中央にあって、人は神を礼拝し、その顔を仰ぎ見ることができる。人々の額には神の名がある。 もはや夜はない。神が人々を照らすから、灯火の光も太陽の光もいらない。

イエスが言った。
「この書の予言の言葉を秘密にしてはならない。時は近いからである。不正を行う者はなお不正を、穢れた者はなお穢れたことを、 正しい者はなお正しいことを、聖なる者はなお聖なることを行えばいい。それぞれの行為に応じて報いは与えられる。 私はアルファでありオメガ。最初の者であって最後の者。始めにして終わりである。 私、イエスは使いをつかわして、諸教会のために以上のことをあなたがたに証した。私はダビデのひこばえであり、輝く明けの明星である」

 

 

※ 数字の象徴的な意味

1 奇数の概念。絶対不可分。父なる神。
2 偶数の概念。対立、対比。 証、または証人に関するもの。
3 聖なる数字。宇宙を構成する天、地、下界。 父と子と聖霊の三位一体。
4 創造の数。神の名ヤハウェがヘブライ語で四文字(ローマ字表記では“YHWH”)でつづられることから重要。
  東西南北。地水火風。 倍数の40年は一世代(世代年)
5 中央を支点にして左右2つずつであり、バランスからいうと完全数であろうが、意味は不明なことが多い。
6 完全数7に一つ足りない不完全数。
7 天地創造に7日間を要したことから、完成と完璧を意味する最重要な完全数。3と4を足した完全数。
8 救い。イエスに深くかかわった数字。箱舟に乗ったノアとその家族8人。
10 両手の指の数からくる10は好ましい意味を持つ。モーセの十戒。人間的完全。
12 メソポタミアやエジプトの占星術に由来する完全数。3と4の積で、神の民、神の国に関係している。十二使徒。
666 獣の数字。数秘術「ゲマトリア」によると、ギリシア語やヘブライ語のアルファベットはそれぞれに数値を持っており、 同じ数を持つ単語、文章は置き換えが可能で、それによって隠された意味を探ることができるとされている。 数字をいろいろな言葉に当てはめた結果、最近ではヘブライ語のローマの皇帝ネロ(ネロ・カイサル)をさすとみられている。
777 十字架のゲマトリア
888 イエスのゲマトリア