芸能の雑学・豆知識

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水谷邦久の経歴について紹介

生い立ち

 生年月日:1948年3月8日

生まれは静岡県で、実家が写真屋だったこともあり、中学2年生のころ、全国学生写真コンクールに入選した。柔道は役者になってから本格的にやり、初段までになった。趣味は水泳で、(若い頃?)何時間でも平気で泳げるそうだ。高校は熱海高校で、この高校を卒業した芸能人は怪談 昇り竜に出演した砂塚秀夫がいる。

熱海高校卒業後、大学受験に失敗して2年浪人していた。その後、大学受験は諦め、文学座研究所に入る。

ちなみに1971年現在だが身長:172cm、体重:64kgだった。

俳優に

文学座研究所に入った水谷邦久は1968年に藤岡弘や「愛の戦士レインボーマン」で共演した長沢大らが所属していた(仮面ライダー2号になる佐々木剛も一時所属していた)NLTへ移り俳優業を本格的にスタートさせる。その当時の印象を長沢大は「アドバイスを素直に受け止め、純粋無垢な青年。」だと語られている。

テレビデビューは東京12チャンネルで放映されていた「明智小五郎」にちょい役で出演し、それ以外にもいくつかの番組にちょい役で出演している。本格的な出演は1970年の終わりごろからスタートした「金メダルへのターン!」(フジテレビ)でヒロイン鮎子(梅田智子)の愛人役で出演されている。その後、「飛び出せ青春」等へゲスト出演した後、「愛の戦士レインボーマン」に主演することになった。

レインボーマンとして

水谷邦久にとって最大の役はレインボーマンだっただろう。この番組は1年間続いたが、出ずっぱりで、これ以外の役は1年間はできなかったと思われる。このような変身ものだと大抵は顔が見えないようになるため、他の人が悪と戦うのだが、レインボーマンのダッシュ7は目が出るため、ご自身が戦闘を行わなければならない。この辺は大変だったと思われる。しかし彼の演技は非常に存在感があり、現在でもかなり人気がある。

レインボーマンの後

レインボーマンの後は主に出演した番組は「太陽にほえろ!」の5回のゲスト出演、「江戸を斬るⅡ」にレギュラーで出演し、時代劇や刑事もののゲスト出演をしている程度で、かつてのレインボーマンのような存在感ある役は無くなった。非常に残念である。1977年に俳優をやめ、実家の稼業を継いだようである。