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『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』と映画『チキチキバンバン』の関係【映画『チキチキバンバン』考察】

 

映画『チキチキバンバン』の中の夢の冒険の舞台、そうあのバルガリアのオカシな風物は一体どこからきたのか、2つのアリスストーリーから、その影響を探ってみましょう。

 名前からしてふざけている悪漢の国バルガリア。その独裁者ボンバースト男爵と取り巻きたちの交わす、かみ合ってる様でそうでない会話や、それから仲がいいのか悪いのかビミョーな男爵夫妻の振る舞いはいずれもトンチンカンです。

あれは類型的なギャグの演出なのか、あるいは、何かルーツがあるんでしょうか? 

それを読み解いていくカギを、私はとある文様に見出だしました。ボンバースト城の謁見の間では、いろんなヘンな遊びに興ずる貴族(?)たちの姿が見られますが、あの広間の床には一面にチェス盤の模様が書き込んであるんですよね…。

 

ヘンな王宮とチェスと言えば、ある有名な児童文学を思い出します。

そう、イギリス児童文学の古典中の古典である、ルイス・キャロルのアリスシリーズ、『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』です。

あの作品がどう『チキチキバンバン』に影響しているのか、 ここから考えていきましょう。

 

 

 

『不思議の国のアリス』(1865年)と『鏡の国のアリス』(1871年)に 関しては、今さら多くを語る必要はないと思います。

これらの2つのアリスのお話はとっくに著作権が切れてるので、 あちこちの出版社から出ていますが、今回使ったテキストは『不思議』の方は岩波少年文庫版で田中俊夫訳、『鏡』の方は講談社青い鳥文庫版で高杉一郎訳です。

出版社が違うのは、徒歩圏内の新刊・古本屋には同じ出版社で両者が揃ってるお店がなく、一番在庫が豊富なブックオフ(トホホ…)にたまたまこの取り合わせであっただけで他意はありません。

ちなみにこの2冊がアリス界でどのような評価かを調べてみたんですが、 邦訳されたアリス本をぼぼ網羅するあるサイトの評価によると、 田中俊夫訳の方は「なかなかの出来」、けれど高杉一郎訳の方は 「こんな訳が未だに出ているということが信じられない」とのこと(笑)。

私の印象としては、なるほど田中訳は言葉も平易で読みやすく、 一方、高杉訳はちょっと古臭い感じはあるものの、さほどの違和感は感じない上に、要所要所でキャロルが仕掛けた英語によるダジャレを解説してくれるのがうれしかったので、この評価は意外だったんですが、 そのサイトのウェブマスターの価値観では「作品中の英語の言葉遊びを日本語に直していないものはダメ」ということらしく、なるほど彼が高く評価するのが例の柳瀬尚樹訳でした。

つまり元の固有名詞までムリヤリ改変して日本語化する、ロアルド・ダールファンからは総スカンだった方針が受けているようです…。

この問題にこれ以上深入りはしませんが、興味深い現象だと思います…。

 

 

この2つのお話のうち、最初の『不思議の国のアリス』は、 ルイス・キャロルが幼い友だちのアリス・リデルたちのためにボート遊びをしながら即興で創りあげていったものですが、まず、この成り立ちに注目してください。

映画『チキチキバンバン』の「冒険」は海水浴に行った先で、 子供たちのために、即興で創りあげられたものでしたよね? 

ボート遊びと海水浴、少しは違いますがどちらも水遊びだし、チキの「冒険」はチキがボートに変わることから始まるんじゃなかったでしたっけ?

原作のチキの冒険は飛ぶところから始まるので、これは映画の脚本担当のロアルド・ダールによる意識的な改変です。

 

次にお話の構造について考えてみましょう。どちらのアリスのお話も、現実から始まり、アリスが不思議の世界に入って冒険し、そしてそれが夢だったということが解り、 最後に、アリスを見つめる大人の視点による「感慨」が語られますが、これは映画『チキチキバンバン』の構造そのものではないでしょうか? 

微妙に違うのが最後の「感慨」が前向きな「教訓」に変わっている点ですが、これは少女に恋し、生涯結婚しなかったルイス・キャロルと、ちゃんと結婚して子沢山だったロアルド・ダールの人生哲学の違いから来るのかもしれませんね…。

 

ルイス・キャロルの少女嗜好に関しては様々な議論がされていますが、私はそこにも深入りしようとは思いません。

ただキャロルと同様にルードヴィッヒ2世も生涯結婚しなかったという歴史的事実だけは指摘しておきます。

家庭を持ったフレミングが書いたお話を、やはり家庭を持ったダールが、持つことのなかったキャロルやルードヴィッヒを素材にして、思いのままこね回して創り上げたのが、 映画『チキチキバンバン』だったのではないでしょうか?

それだから、あれほど深みのあるお話が創り上げられていたんだと思います。

 

さて、この文章の初めに書いたように、チキ映画で空想として語られるバルガリアでの冒険には2つのアリスの物語との類似が多数見うけられるので、その該当個所をジョン・テニエルの挿絵と共に指摘していきましょう。

ここでアリスについて詳しくない方のために説明しますと、このジョン・テニエルによる挿絵は商業出版の初版以来、ずっと使われているもので、このテニエルのイラスト、またはディズニーによる映画版の『ふしぎの国のアリス』によって「アリス」ワールドのイメージは決定付けられていると言っても過言ではありません。

 

まず『不思議の』の方の表紙絵を見てください。そこの一番右にいるのは「マッドハッター」というキャラクターですが、扮装から鼻の感じまで、チャイルドキャッチャーに似ています。キャラが成立した順番からいうと、マッドハッター→ウィリー・ウォンカ→チャイルドキャッチャーということになるでしょうか?

これまでの研究ではチャイルドキャッチャーやウォンカ氏がなぜ正装してるのか、今一つ解らなかったのですが、そのビジュアルのルーツがマッドハッターだというなら納得がいきます。

ウィキペディアによれば、このマッドハッターのモデルは、型破りな発明によりオックスフォードで知られていた家具商人テオフィルス・カーターだということなんで、なるほど、ダールがウォンカ氏、そして映画のポッツさんのモデルとして採用しそうではないですか!(笑 )。

 

では具体的に、テニエルの挿絵があるものと、それに類似した映画のシーンをピックアップしてみると、

『鏡』では2人組のルーク(城郭)が身体にスッポリと被り物、映画では2人組のマヌケスパイがスッポリ被り物。

・なんでこんなパイプを被ってるのかさっぱり意味不明だったのですが、2人組であるところとも合わせ、このイラストの左隅にいるルークのイメージからきてるんでしょうか?

 

『鏡』の白の騎士と映画のポッツ爺さんの顔形と扮装の類似。 

・いろんな衣装を着分けるバン爺さんですが、その特徴のあるヒゲ面はあまりに白のナイトにそっくりです。

また、この写真の「Posh!」のシーンでは吊るされ海にはまりますが、白の騎士は溝に頭から落っこちます。

 

『鏡』では地面がチェス盤模様に対し、映画では床がチェス盤模様。

・映画のチェス盤は特に何かに使われるという訳ではないんですが、そういう不要なものをわざわざ書くことでこのバルガリアが「アリスワールドインスパイア」であることを示しているんではないでしょうか?

 

『鏡』に出てくる馬ハエと、映画の男爵の木馬の類似。

・これも唐突な男爵の木馬ですが、『鏡』の馬ハエと木馬の模様としては珍しいブチ柄まで同じとなると…。

 

『不思議』より、イモムシとの会話中の「ウィリアムじいさん年取った」の挿絵と
映画でのポッツさんと男爵のダンス合戦

・nonnさん担当の衣装研究でも、オーストリアのディアンドルぽいトゥルーリーの衣装に比べて、ポッツさんのピエロ姿は釣り合いから考えても、そのルーツが解らなかったのですが、ちゃんと『不思議』に、白い服を着たデブオヤジといろいろと張り合うピエロが出てきています。

『鏡』では白のキングはアリスにつかまれて宙に浮き、映画では男爵は子供のロープに吊るされて宙に浮く。男爵の衣装は基本、真っ白。

・これもやはり唐突な感じがした男爵の宙吊りですが、『鏡』に類似のシーンがちゃんとありました。

劇中の設定では『鏡』の白の王は目に見えないアリスの手につかまれ、チキ映画の男爵も吊られていることに気づいてないので共に自分がなぜ浮かび上がったのか理解できず、その驚きと恐怖は尋常ではないことになっています(笑)。

 

 

以上、テニエルの挿絵がある分だけ、ざっと拾い上げましたが、それ以外にも、『不思議』では女王がすぐに「 首を切れ!」のセリフを口にしますが、それはボンバースト男爵の脅し言葉でもあります。

それから同じ『不思議』に出てくるグリフォンがバルガリアの紋章だったりもしますが、『鏡』の方で「ライオンとユニコーン」の歌を使ってイギリス王朝の紋章をネタにしてるので、そこからの発想かもしれません。

 

それから、何よりの類似は、アリスも映画チキも、基本的に主人公たち以外の子供がいない世界での冒険なんですね。 

映画チキでの男爵夫人の子供嫌いという設定のルーツも案外ここにあるのかもしれません。

 

このアリスワールドと映画チキとの類似は、さらに遡って、アリスのキャラの源泉であるマザーグースにまでたどっていけるかも知れません。

しかし、それはまた別の研究課題として、この項はひとまずここで筆を置くことにしましょう。