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バロック音楽とは:その歴史と特徴、代表的な作曲家

◆バロック音楽とは?

西洋音楽史では1600年から1750年までの音楽を「バロック音楽」と呼んでいます。

バロックの前はルネサンス時代です。ルネサンス芸術の特徴は、遠近法や安定した構図を駆使した均整の取れたものであるという点でしたが、バロック時代の芸術は装飾が多く曲線が多い点が特徴です。

豊かな感性を重視した芸術表現の時代でしたが、ルネサンスを経験している人々からするとそれらは退廃したものに映り、蔑視する意味で「バロック」(ポルトガル語の「バロッコ」(=ゆがんだ、不揃いな真珠)が転じた語)と呼ばれました。

音楽の世界では、バロックという言葉はひとつの様式だけではなく、多様な様式の混交を表す用語として使われています。バロック時代の美術、建築、音楽は19世紀頃に砕氷kされるようになり、現代では格式高いクラシック音楽として親しまれています。

◆バロック音楽の主な特徴

Ⅰ:劇音楽(オペラ)が発生し、発展した

バロック美術が人間を描くように、音楽も人間の感情を表現するための最高の道具と考えられるようになります。

オペラは1600年頃にイタリア・フィレンツェで生れ、ヴェネツウィア、ローマ、ナポリなど各地で広がり、フランス、イギリス、ドイツへも急速に進出しました。


作曲家達は、古典的な伝説の中に、演劇の展開と音楽進行を一致させることができるような物語を探し求めました。そして、感情の力で死をも打ち負かすことの出来る音楽の象徴として、ギリシャ神話の「オルフェウス伝説」が取り上げられることになりました。

1607年に上演されたモンテヴェルディの「オルフェウス」は、バロック時代のあらゆるオペラのモデルとなり、以後この伝説は2世紀以上にもわたりオペラの格好の素材にもなっています。

Ⅱ:器楽の発展時代

バロックの楽器はルネサンスの多彩な楽器郡から発展しました。新しい楽器の発明は少なく、その代わりいくつかの古い楽器で、情緒表現に適した音の出し方が開発されていきました。


特にヴァイオリンは、フランスやイタリアの優れた職人の高度な技術が開花しました。歴史上最高のヴァイオリン職人と讃えられる「ストラディバリ」の作ったヴァイオリンは今日でも名器の誉れ高く、オークションにかけられると、途方もない値がつけられます。


また、ギターに似たルネサンス時代の楽器リュートは、この時代にもまだ愛好され、
他にもチェンバロ、木管楽器、金管楽器等それぞれ多くの種類が発展しました。

 

Ⅲ:調性(長調、短調)が確立し、近代音楽形式の骨組みができた

器楽音楽が発展してくると、様々な楽器の調子を合わせ、音の高さを調整するための共通規則を作る必要が生じてきました。そのことは、それ以前から何世紀も処理できなかった問題です。

当時は地方ごとに異なる調律法が用いられ、それは特定の調を重視し他の調は排除するようなものでした。


それらを解決するために、1オクターブを均等に12分割する「平均率」と呼ばれる調律法を、オルガン奏者で音楽理論家でもあったアンドレーアス・ヴェルクマイスター(1645-1706)が確立しました。その普及に大きく貢献したのが【平均率クラヴィーア曲集】を書いたJ.S.バッハです。


平均率には、12の長調と12の短調=合計24の調性があります。

調性とは音の関係を定める秩序のことで、近代和声の基礎となっています。 

# 系 の 調 性 
#はファから5つ上ずつ順につきます (嬰=エイ)
#の数 #がつく音 長調名 短調名
ファ ト長調 ホ短調
ファ、ド ニ長調 ロ短調
ファ、ド、ソ イ長調 嬰へ短調
ファ、ド、ソ、レ ホ長調 嬰ニ短調
ファ、ド、ソ、レ、ラ ロ長調 嬰ト短調
*6 ファ、ド、ソ、レ、ラ、ミ 嬰ヘ長調 嬰ニ短調

*シャープ6個↑とフラット6個↓は、異名同音(呼び方が違うが実質上同じ音)のため1個分と数えます。

♭ 系 の 調 性 
♭はシから4つ上ずつ順につきます (変=へん)
♭の数 ♭がつく音 長調名 短調名
ヘ長調 ニ短調
シ、ミ 変ロ長調 ト短調
シ、ミ、ラ 変ホ長調 ハ短調
シ、ミ、ラ、レ 変イ長調 ヘ短調
シ、ミ、ラ、レ、ソ 変ニ長調 変ロ短調
*6 シ、ミ、ラ、レ、ソ、ド 変ト長調 変ホ短調

 

#も♭もつかない調
ハ長調 イ短調


#系と♭系の合計で22個の調があります。あと2つは#も♭もつかない、「ハ長調」と「イ短調」があります。これで合計24個の調性となります。

◆バロック時代の作曲家 

バロック時代の作曲家は沢山いますが、ここでは主な作曲家をご紹介します。(年代の新しい順)

バロック、といってまっさきに思い浮かべるのは、J.S.バッハではないでしょうか。バッハについては別記事でまとめてあるのでこちらをご覧ください。

その他の作曲家を以下に紹介していきます。

ヘンデル(1685-1759)

■ドイツ生まれの国際的作曲家

ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルと次のスラルラッティは、大バッハと同じ年に生まれており、この3人がバロックの代表的作曲家として知られています。

ヘンデルとスカルラッティはオルガンの腕を競い合った中でしたが、バッハとは両者とも生前は一面識もありませんでした。


ヘンデルはドイツのハレで生まれました。生涯をドイツから離れずに活動したバッハに比べて、ヘンデルは21歳でイタリアでオルガン奏者として成功しました。

その後、26歳でロンドンに渡り、王室作曲家として大変活躍し、生涯をロンドンで送りました。作風は壮麗かつ明快なものが多く、それは聴衆を喜ばせ、人気を博しました。

代表作

*オラトリオ「メサイア」
ハレルヤコーラスでおなじみ。


*組曲「水上の音楽」
ジョージ2世がテムズ川で川遊びをするときに船上で演奏された曲。


*クラブサン(チェンバロ)組曲第5番より「調子のよい鍛冶屋」
現在ではこの曲はピアノでもよく演奏されるが、このタイトルは出版社
が勝手につけたともいわれる。原曲には「アリアと変奏曲」と記されている。

スカルラッティ(1685-1757)  

■近代的鍵盤楽器奏法の父

ナポリ生まれのドメーニコ・スカルラッティは、卓越した技術でチェンバロを演奏し、500曲以上のチェンバロのためのソナタ作品を書きました。

イタリアやイギリスでオペラ作曲家としてデビューしましたが、44歳頃にブラガンサ家のマリーア・バルバラに仕えるためリスボンに移ります。バルバラが将来のスペイン王フェルディナンド6世
と結婚すると、スカルラッティも随伴してマドリードに移り、王家のチェンバロ教師として定住しました。


そのために、他国の音楽事情を知ることはできなくなりましたが、当時の流行とはまったく異なった音楽様式を作り上げることに成功しました。演奏技術はきわめて非凡で、素早いアルペジオ、両手の交差、連打など難しい奏法を得意としていました。

作品も斬新なアイディアに富んでいて、予期せぬ和声進行や奇抜なパッセージが特徴になっています。

代表作のソナタ集は、現在でもピアノテキストによく使用されています。

 ラモー(1683-1764) 

 

 ■18世紀フランスの最大の作曲家

ジャン・フィリップ・ラモーは、リュリの死後、フランスで活躍しました。

前半生は主にクラヴザン曲集を書き、後半生はオペラを書いています。また、1722年に「和声論」を出版しています。(この本は現在でも活用されている)

ラモーは、和声の理論家であっただけに、当時の人々をアゼンとさせるような大胆な和声を使用することができました。

独創的なアリアや管弦楽、また、バレエ・オペラも霊感と想像力にあふれていました。

 ヴィヴァルディ(1678-1742)

 

■イタリア様式を確立させた赤毛の司祭

ヴェネチアのアントーニオ・ヴィヴァルディは、作曲家・ヴァイオリニスト・聖職者(司祭)です。ヴィヴァルディはオペラや宗教音楽も多数書いていますが、名声を高めたのは協奏曲です。協奏曲を複数の楽章で構成する方法は彼が生み出したもので、協奏曲の基本的枠組みとなりました。


代表作の「四季」(ヴァイオリン協奏曲「和声と創意の試み」)は、表現様式の最高傑作で、当時の絵画(マルコ・ビッチの絵画)から題名がつけられたといわれています。

「四季」は全11曲がありますが次の曲は特に有名な作品です。


「春」・・快活なリズムが五月の甘美な微風を連想させる。
「夏」・・弦楽器の細かい音が夏の蒸し暑さを表し、激しい嵐で終る。
「秋」・・ブドウの収穫と狩。旋律装飾音がワインに酔った農夫を表現。
「冬」・・テンポの遅いピチカート演奏が冬の雨を物語る。
「フィナーレ」・・オーケストラ全体で冷たい風が吹き荒れる様子を表現。


余談:ヴィヴァルディの肖像画は、上が教科書などでも使われていますが、これは別人ともいわれています。下の画がヴィヴァルディ、とのことですが真実の程はわかっていないそうです。

 アルビノーニ(1671-1751) 

■ヴェネチア学派の重要な作曲家

ヴェネチアの裕福な家庭(商家)に生まれたアルビノーニは、定職につかず(つく必要がなかった?)、いわゆるアマチュアとして創作や演奏活動を行いました。しかし、1720年代にはイタリア国外でもアルビノーニのオペラが上演され、また、ヴィヴァルディにさきがけて協奏曲を出版するなど、高い業績を上げています。

代表作の「管弦とオルガンのためのアダージョ(通称「アルビノーニのアダージョ」)」は映画(審判)にも使われ、大変有名ですが、これはアルビノーニの作品なのか定かではない、という説もあるそうです。

 クープラン(1668-1733) 

■フランスのバッハと呼ばれた作曲家

フランソワ・クープランはバッハ同様、約100年続いた音楽一族の家庭に生まれました。中でも有名なのがフランソワです。

そのため、他のクープランと区別するために彼を「大クープラン」と呼んでいます。

25歳でルイ14世>>の宮廷オルガン奏者となり、加えて王子や王女たちの音楽教師も務めました。


室内楽や教会音楽にも名曲を残していますが、クラヴサンのための作品が優れています。中でも1713年から17年かけて出版された全4巻27組曲の221曲もの「クラヴサン曲集」は、ロココ趣味あふれる作品で、バッハのガッチリした緻密な構想とは異なり、フランス人とドイツ人の違いを充分感じさせます。


特徴は、雅と洗練が凝縮され、標題も一風変わっています。

例えば「みごとな犬、またはおどけた恋」「偉大にして古き吟遊詩人組合の年代記」「優しく辛辣な女」「勝ち誇る夜うぐいす」・・etc. 謎解きやシニカルさをふんだんに多用し、独特な世界を創り上げました。


余談:クープランの肖像画も複数あり、どちらが正しいのか不明です。

 パッヘルベル(1653-1706) 

 ■南ドイツで活躍したオルガン作曲家

ヨハン・パッヘルベルはドイツ後期バロックオルガンの代表といわれています。バッハにも影響を与えました。

代表曲の「カノン」は、現在でもテレビや着メロとしてよく使われ広く親しまれています。

 リュリ(1632-1687)

 

■フランスオペラとバレエを切り開いたダンサー、作曲家

フィレンツェ生まれのジャン・バティスト・リュリは13歳でパリに移り、小姓として働きながらヴァイオリンとバレエを学びました。
並々ならぬバレエの腕をルイ14世>>に見込まれ、宮廷に雇われてから、劇作家モリエールとともにコメディ・バレエ「町人貴族」を生み出します。
のちには王の寵をもかち得、オペラの制作と上演に関する全権を手にし、フランス音楽界に君臨しました。

リュリのオペラは、神々が地上に降りてくるシーンや魔法のシーン、または妖術のシーンなど、複雑な機械仕掛けのためのスペクタルな場面が必ず設けられていました。それらは豪奢で変化に富み、「太陽王」と呼ばれるルイ14世の宮廷の栄華を忠実に反映したものでした。

余談1:2001年に公開されたジェラール・コルビオ監督の「王は踊る」はリュリとルイ14世の深い深い関係を描いています。

余談2:リュリは「演奏中、指揮をしているときに指揮棒で自分の足を刺して(貫通)しまった作曲家がいた!」として、TV(トリビアの泉)でも紹介されました。

当時の指揮棒は杖のように長くて先がとがっていたそうです。それがもとで足を切断しなければならなくなりましたが、リュリは拒否します。理由は、「王と踊ったこの足を切ることはできない」からで、手術を拒否したリュリは息を引き取りました。

モンテヴェルディ(1567-1643)  

 

■初期バロック最大の作曲家

イタリア、クレモナ生まれのモンテヴェルディは、クレモナ聖堂の楽長から音楽教育を受け、15歳にもなると多くの優れた作品を書きました。1590年にマントヴァの宮廷に弦楽奏者として雇われ、1601年には楽長に昇進します。

彼は、ポリフォニー(複数の声部(メロディ)が各自の独自性を保ちながら同時進行していく)音楽を大きく変革させた作品をいくつか作ったあと、「オルフェウス」を作曲して『オペラ』というジャンルを作り上げました。

それ以前のオペラは、メロディが朗読のような語り調子になるような実験的?作品が多く、それについて論争が繰り返されてました。

モンテヴェルディは、メロディをより豊かにしつつ、楽器や合唱の扱い方が新鮮な作品を生み出し、高い評価を得ました。


代表作:オペラ「オルフェウス」、「聖母マリアの夕べの祈り」等

 

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バロック時代(17~18世紀)の作曲家の肖像画を見ると、まず目に付くのが彼らの髪型ですね。(小学校の音楽室で初めて見たときは怖かった)

これは地毛ではありません。かつらです。(モンテヴェルディとクープランの上のは地毛)
この時代は、貴族の間でより華やかにゴテゴテと?飾ることが流行りました。

なんともいえないこのご大層な髪型は、すべてコテでカールさせていたそうです。


貴族にとってかつらは盛装ですので、その前で演奏する音楽家たちも必ずかつらをかぶる必要がありました。その当時の映画を見ると、怒った人が相手の(あるいは自分のかつらをつかんで床に投げつけるシーンなんかがよく出てきて笑えます。(その名残で、現在でもオーケストラはタキシード、ドレス着用とか)