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『ハンガリー舞曲 第5番 嬰へ短調』解説(作 曲 J.ブラームス)

ブラームス(1833-97)の『ハンガリー舞曲』は全部で21曲あります。これは元々ピアノ連弾用の作品ですが、第10曲まではブラームス自身によってピアノソロ用にも編曲されています。

原曲の連弾用のものが書かれた時期は正確には不明ですが、1852年から69年にかけて多くの機会に接したハンガリーのジプシー音楽のメモをもとに書かれたようです。(53年春にはハンガリー系のヴァイオリン奏者レメーニと演奏旅行に出かけ、そのあたりから強くジプシー音楽に興味を持った)

この第5番は、アレグロ、4分の2拍子の3部形式で、オーケストラにも編曲されて親しまれている曲集のなかでも最も有名な一曲でしょう。

流れるような、それでいて激しさを秘めた第1部に続いて、第2部(中間部)は、嬰ヘ長調に転じます。ヴィヴァーチェと指定されているものの、テンポをしばしば動かして緩急自在で進み、第1部での秘められた情熱を爆発させます。そこには持続和音がおかれ、その後、第1部が復帰します。

ハンガリー舞曲の全21曲はジプシー音楽の特徴を取り入れています。その特徴とは、

◆短調でその第4度を半音上げる
◆メロディに各種の装飾を加える
◆速度を多様に変化させる(=ゆるやかで訴えるような部分と急速で熱狂的な部分を 対比させる)
◆節分音(シンコペーション)でリズム変化を持たせる等々・・

いろいろな手法がとられています。ジプシーのいわゆるチャールダーシュ(ゆるやかなラッスと呼ばれる部分に急速なフリスと称される部分を続けた舞曲)の自由化ともいわれるものであり、リストの『ハンガリー狂詩曲』の場合よりは自由なものになっています。

 

ところで、ブラームスの『ハンガリー舞曲』やリストの『ハンガリー狂詩曲』等、19世紀の音楽で『ハンガリー・・・』とつくものは、実際にハンガリーの人たちの音楽様式によるものではありません。主として、ハンガリーのジプシーの音楽スタイルによる曲です。

ところが、ジプシーというのは、不潔で乱暴で、風紀を害し、盗みをよく働き、善良な市民にとって何一つ益にならないという偏見がヨーロッパの多くの文明諸国にあって、ジプシーを追放したりする国が少なくありませんでした。

 

この風潮はすでに15世紀頃からあり、18世紀になっても、例えばドイツでは、ジプシーを見つけたらすぐ殺してもよいとか、フランスでは彼らを絶滅させるとか厳しい態度が取られました。

にもかかわらず、18世紀後半から、ハイドンの作品をはじめとして、芸術音楽にもジプシーの様式を取り入れたものが徐々に現れてきます。それには理由があり、ヨーロッパのなかでも、イギリスやオーストリアは他国と違ってジプシーに寛大な政策をとり、できるだけ正業につかせ、市民になるよう指導してきました。

そのために、そこにはジプシーが定住し、なかでもオーストリアでは、彼らをジプシー(ツィゴイネル)と呼ぶのをやめさせ、「新農民」とか「新ハンガリー人」と呼ぶようにさせました。

 

オーストリアで生活していた作曲家たちがジプシー音楽に関心をみせるようになったのは、こうしたことによるといわれています。このようなことで、曲のタイトルでも、なるべく『ジプシー』という語を使わず、『ハンガリー・・・』とする傾向がでてきたようです。

 

J・ブラームス(1833~97)

北ドイツ・ハンブルグ生まれ。半生をウィーンで送る。

ワーグナーと並ぶ、19世紀後半に活躍したドイツ・前期ロマン派の大作曲家のひとり。

ワーグナーが、その創作活動のほとんどをオペラに費やしていたのとは対照的に、ブラームスは、ピアノ曲、室内楽、交響曲、歌曲などを作曲し、オペラなどの劇的音楽や当時流行していた交響詩は1曲も書かなかった。

そのことは、ブラームスは音楽が文学や美術等、音楽以外によりかかったりしない、混じり気のない純音楽の美しさを求めていた作曲家だったからだともいわれる。


ブラームスは、粗野で無口、なにごとにも控え目な、典型的北ドイツ的な性格だった。

そのためか、作品は重々しく、派手さのあまりない渋いものが多いが、反面、『ワルツ集』や『ハンガリー舞曲集』などの親しみやすくて優しく楽しい作品も書いている。