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市川崑監督『病院坂の首縊りの家』あらすじ(ネタバレあり)、登場人物、感想を紹介

ストーリー

明治、大正、昭和と3代に渡る歴史を持つ本條写真館。そこに一人の美しい女性が現われた。彼女の依頼は兄の結婚写真を撮ってくれと言う事だった、場所は法眼病院、、、。「法眼病院」、そこは昔一人の女性が謎の縊死を遂げた忌まわしい家だった。それ以来その場所は「病院坂の首縊りの家」と呼ばれるようになった。依頼に来た女性は前金を渡し、後で使いの者を寄越すと言い闇夜の中を去っていく。しばらく後、使いと思われる者がやってきた。その男は紋付袴を着た厳つい髭の男だった。男は自分が結婚写真の花婿である事を告げるとさっそく現地へと案内する。しかし、いざ撮影の時に写真屋は目を疑った。髭の男の隣に居る花嫁は化粧を施しているが、さっき依頼にやってきたあの美しい女ではないか、、、。怪しいと思いつつも写真撮影は無事に終了する。所が写真屋が戻ってから暫くして一本の電話が掛かってきた。声の主はさきほどの女であった。またしても写真撮影の依頼だったが妙な依頼であった、それは「先ほどの結婚写真の場所に飾った風鈴を撮って欲しい」と言うものであった。仕事なので断る訳にも行かず静まり返った法眼病院に向かい、例の場所へと行くと、そこで驚くべきモノを発見。先ほど結婚写真を撮った髭の花婿の生首が風鈴のようにシャンデリアに吊るされていた。果たしてこの生首風鈴の意味するモノとは、、、、?お馴染み金田一耕助はこの恐ろしき謎に挑んでいくのだった。

感想

私は金田一映画の中でもこの作品は他と比べて注目していなかったのだが、この作品のレビューをするにあたりやはり原作を読まなければ筋が通らないだろうと思い「上、下」セットを買って読んで見た。その瞬間に一気に見方が変わった。「何て面白いんだろう」と、、、。まず驚くほど内容が違う事に気がついた。はっきり言ってまるで別物なのである。あまりの原作の面白さに勢いよく読めた。読んだ後に映画版を見直してみるとまた新鮮な感覚で観賞する事ができた。いつもは限りなく原作に忠実に映画を作る市川監督が何故ここまで思い切って内容を変えたのだろうか。とにかく原作が長く八つ墓村並みに家族構成が複雑でとても2時間30分では描ききれないのだろうと思う。原作どうりにやるのなら4時間ぐらい必要なんじゃないだろうか。原作で驚いたのは生首風鈴事件から20年の月日が経過してしまう事である。あの、どんな難事件も解決してしまう金田一耕助が謎を解けずに迷宮入りしてしまうのだ。この展開には素直に驚いた。私はこの手の展開が大好きなので大歓迎だ。この迷宮入りして20年経ってしまう展開は映画で是非、実現して欲しかった。しかし、その場合に難しいのは登場人物達が年を取ってしまう事だろう。原作は金田一も等々力警部も生首風鈴事件の迷宮入りから20歳年を取ってしまうのだ(凄すぎる)。で、映画版なのだがまず法眼滋とゆう人物は居る事は居るのだがほとんど事件とは関係がない。兵頭房太郎とゆう男も設定を大きく変えられ杢太郎と言う名に変えられている。映画版で忘れちゃいけないのが小林昭二さん演じる三之助という法眼家の使用人だろう。ラストの坂道の場面は市川金田一の中でも屈指の感動場面である。サムソン野郎こと山内敏男役にあおい輝彦が演じてるのもポイントが高い。小雪役の桜田淳子さんの美貌には驚きです。小雪役は、もうこの人しか居ないでしょう。面白いのが法眼弥生とその母の千鶴の関係が原作と被っていた事だ。何と言うか千鶴の存在が原作の年老いてしまった弥生に見えた。あとは、へっぴり腰の平ちゃん役に、あのピーターさんが演じているのは時代を感じます。とにかく私のように映画版でしかこの作品を見てない人は是非、原作を読む事をオススメしたい。そして、改めて映画版を鑑賞する。すると驚くべき発見を得られるはずです。私は「悪霊島」に次いでこの作品が好きになりました。以下で登場人物と合わせてもう少し詳しく解説します。

登場人物

法眼弥生

法眼家の大奥様。由香利の祖母である。高貴なオーラを放っており秀麗な御方。経営の才能も豊かで正に才色兼備を地で言ってる人である。若いころに母の千鶴と共に五十嵐猛蔵の元に連れ後の形でやってきた。しかし、猛蔵は血の繋がりの無い弥生を辱めて彼女の弱みを握る。一連の事件はこの『弱み」を巡って行われる事になる。原作では弥生の片方の目は義眼になっているのだが映画では両目とも健康だった。この作品はとにかく原作と映画版が大分違うので弥生の結末も違っている。映画版の弥生の最後の場面は市川金田一映画の屈指の感動の場面で、何回見てもグッと来るものがある。

法眼由香利

法眼家のお嬢様である。とにかく奔放な性格をしており派手な格好をして遊びまわっているようである。映画での彼女は敏男の法眼家への復讐の為に利用される羽目になる。小雪と容姿が瓜二つであるが性格は対照的に違う。敏男は血の繋がらない妹の小雪に恋愛感情を持っているのだが小雪は敏男の求愛を拒み続ける。法眼家のお嬢様を誘拐し驚かしてやろうとしたのだが小雪にそっくりな由香利を見て逆にビックリと言う訳だ。監禁しているうちに敏男は段々、由香利に対し特別な感情が芽生えてきたようだ。例の写真撮影を取り終わった頃に、大人しくさせる為に打った注射の効力が切れてきてフラフラしながら脱出を試みるが敏男に掴まり「返したくない」と迫られる。だが振りほどいた際に勢いあまって吹っ飛び金具の出っ張りに後頭部を強打してそのまま死んでしまった。原作ではもっと酷い死に方をしている。

山内敏男

敏男と小雪は幼い頃から一緒に育ってきた血の繋がりの無い兄弟である。敏男の義理の母は冬子なのだが、その冬子は法眼病院で首を縊って死んでしまう。この一件から敏男は母を虐げた法眼の家に復讐を誓う。彼には色々な呼び名があり原作ではサムソン野郎のビンちゃんと呼ばれていた。小雪を廻って同じ「アングリーパイレーツ」の佐川哲也と揉め、彼をぶちのめし目を潰したと言う武勇伝がある。その一件が起こる前までは「仏のビンちゃん」と呼ばれていたらしい。この物語の家族構成は八つ墓村並に複雑で、敏男は幼い頃に母を無くし父に育てられた。まもなくして父は冬子と出会い父と敏男と冬子の3人の生活が始まる。しかし、父がまもなく亡くなり冬子に育てられる。それから冬子は法眼琢也と言う男と恋に落ち、その時に生まれたのが小雪である。で、法眼琢也と言うのは弥生の夫であり、要するに琢也の不倫の末に生まれたのが小雪なのだ。だから小雪とは一切血の繋がらない兄弟として成立する。では何故、血の繋がりの無い義母の冬子の死に怒りを覚えたのか?それは父が無くなったにも拘らず冬子はますます敏男を可愛がり思いやりを持って育ててくれた聖母のような冬子に対する義理人情からだ。敏男は音楽の才能以外にも詩の才能にも優れている。天竺浪人と言うペンネームで詩集も作っている。彼は後頭部を強打して由香利が死んだのは自分のせいだと言いガラスの破片で自分の頚動脈をかっ切り、瀕死の際に側に居た小雪に「俺が死んだら首を切り落とし法眼病院の洋間のシャンデリヤに風鈴のように吊るせ」と遺言を残す。そここそ冬子が首を吊った因縁のある場所だったのだ。

山内小雪

コユちゃんこと山内小雪である。この映画のマドンナのような存在。関係ないがまず驚いたのは小雪役を演じていたのが桜田淳子さんだと言う事で「ホントかよ~」と思った。初登場のシーンは、凄いインパクトがあり「メチャクチャ美人だ」と思いました。私は映画の後で最近になって原作を読み漁ってるので、原作の小雪像はこの人を想像しながら読んでました(別に変な意味では無い)。小雪もアングリーパイレーツの兄に誘われてボーカルを務めている。回想シーンで由香利と小雪がご対面する場面があるのだが荒々しい喋りの由香利に対し落ち着いた口調の小雪のやりとりは姿は同じでも対象的な所が面白い。小雪は由香利の死と兄の敏男の死をきっかけに弥生の願いで法眼由香利になりすます。頭の弱そうな由香利からいきなり賢い由香利へと変貌した訳である。小雪の最後は原作と映画では変えられていて原作を読んで「あれっ」って感じでした。もう一度言うがホントに美人。で、血縁関係は弥生と五十嵐猛蔵の間に生まれたのが冬子であり冬子と法眼琢也の間に生まれたのが小雪であるから弥生と小雪は祖母と孫の関係であり由香利とも血が繋がっているのである。

冬子さん

映画と原作とではちょっと設定が違っていて若かりし頃の弥生が五十嵐猛蔵によって犯されたときに妊娠した子がこの冬子さんなのだ。冬子さんは生まれてすぐに里子に出され、その里親によって名づけられたらしい。この物語が始まっている時は当然ながら死んでしまっている訳で回想シーンでのみ登場。この女性こそ「病院坂の首縊りの家」と言う忌まわしい名の由来を作った人なのだ。冬子は実の母の弥生を尋ねてくるのだが、意地悪な由香利が応対し「乞食」だの「金が無くなったからせびりにきたんでしょう」等の罵声を浴びせられ結局、弥生と再会する事もなく去る事になり、その後、法眼病院で首を縊って絶望死してしまう。しばらく後に冬子の遺体は発見され、その時に娘の小雪と義理の子の敏男が吊られている冬子の遺体にしがみ付いていたのだ。敏男の法眼に対する復讐はこの幼き日に芽生えたのだ。敏男にとっては血の繋がらない自分と真剣に接し、愛情をかけてくれる心優しき冬子は正に聖母そのものに写っていたに違いない。弥生は物語の中で、昔自分を訪ねてきた女は里子に出した自分の子であったと気づくのだが時すでに遅しだった。

五十嵐猛蔵

原作ではタケゾウなのだが映画ではモウゾウと読む。この男こそ弥生に長年の呪いを掛けた悪い人なのだ。原作の猛蔵の容姿は「髪を短く切り、ガマのように醜い醜態をしている」と書かれているが映画ではそうでもない。何故、猛蔵は千鶴の連れ後の弥生を犯して、しかも本條写真館にその光景を撮らせたのか?当時、弥生が法眼琢也と交際しているのを知り、彼に弥生を渡さない為にとゆう女性支配の欲望からであるらしい。映画ではその問題のシーンが映像で表現されているのだが異様な光景だ。重なりながらわざわざ顔をカメラに向け「本條、早く撮れ」と写真屋をせかしていた。この写真は徳兵衛とその父の門十郎と言う男の2代に渡って本條写真館に残ってしまう事になる。しかし、門十郎の方はユスルと言う事はしてなかった。猛蔵は中々の商売上手らしく五十嵐産業を急速に発展させたとゆう実績を持っている。しかし人間性に問題があったのが玉に傷だった。彼は回想シーンの中で呆気なく死んでいる。千鶴と弥生から法眼琢也との交際の許しを頼まれ「何を言うとる許さん」と言っておもむろにベランダに行き、いきなり体操を始める。千鶴が尚も食い下がると猛蔵はビンタを何発も喰らわすがその拍子にあがく千鶴が逃れようとし、ドンッと突き飛ばされるとベランダから落下して死んでしまった。この映画の彼の印象が妙に残っている。原作でもこの人を想像しながら読んでしまった私でした。

千鶴さん

この方は法眼弥生奥様のお母さんである。病と老衰の為に法眼の屋敷の屋根裏に一室を作り看病されている。弥生がいい年なのに、この御方は一体幾つなんだろうと思った。千鶴さんの昔話から猛蔵の回想シーンに入っていく。正当防衛だったとはいえ猛蔵を突き落として殺してしまった事に罪深さを感じてしまっているようだ。あのシーンを良く見てみると故意に突き飛ばした訳ではなさそうに見える。このへんの解釈が難しい所である。原作では千鶴の存在感はまるで無いのに何故、映画版ではこんな大きな存在感なのか考えてみた。おそらく原作の年老いた弥生と映画の千鶴は重なってるんじゃないかと思った。市川監督がこの映画を原作に忠実にそって表現すると、この千鶴は弥生であってもいいはずだ。原作があまりにも長編なので市川監督も、そのままやったらお手上げだったんだろうか。で、千鶴の最後は事件の謎がすべて解けると同時に波乱の人生を終える。時期を同じくして弥生も後を追うようにこの世を去っていく。法眼家の女が「千鶴奥様がお亡くなりになられました」と報告に来て金田一、等々力ら一同が駆けつける。その時、等々力が「ここにズッと寝かされていたのか」といった時に女は「人間死ぬときは皆一人ですよ」と言うようなセリフを言う。しんみりすると同時に「そうだよな~、、、」と観ているこちらもこのセリフに感心してしまうのだ。

本條徳兵衛

法眼弥生を長年に渡りゆすり続けていた男である。本條写真館という写真屋を3代に渡り経営している。写真に対する情熱は立派なもので商売で使った乾板やら写真やらを溜め込んでコレクションにしている。時代の読みも鋭く「これからは多種多様な形式のやり方をしなければイカン、和式、洋式、キリスト式を取り入れてやってゆこう」と息子の直吉に語っていた。だが、その資金はどうするのか?ここで徳兵衛の悪知恵が働く。自分の父の代に弥生を辱めた写真を種にしてゆすり始める。これさえなければいい人のように思える。写真の現像に気を取られてる隙に犯人に後ろから後頭部に一撃を入れられ更に顔を水の中に突っ込まれ殺される羽目になった。この人も原作と違っていて死因は病死である。

本條直吉

徳兵衛の息子である。結構遊び人であるらしいのだが、やる時はやるタイプ。敏男と由香利の偽結婚式を撮影に行ったのは彼である。商売上、色々口出しして注文するのだが敏男に怒つかれる勢いで「うるさい」と一喝されていた。飄々としていて憎めない彼だがどうも徳兵衛と同じく法眼の者をゆすっていた形跡がある。はっきりとは映画では解らなかったのだが法眼滋と言う人物ではないだろうか。案の定、犯人に狙われる羽目になり法眼病院におびき出され犯人の仕掛けた風鈴落下の計にはまって大怪我を負った。しかし死んではいないようで、映画ではその後どうなったのかは不明。原作の本條直吉とは大分印象が違うように思われる。原作では彼が一番気の毒であり、犯人に勘違いされて屋上から気を失っている所を頭からまっ逆様に落とされ、しかも落下中に目が醒めてから激突死というゾッとするような状況で殺される。市川監督ならやりそうな見せ方ではないだろうか。

黙太郎

原作派の方達は杢太郎(もくたろう)って誰だ?と言う事になる。実は彼は原作の超重要人物である「兵頭房太郎」の事である。映画版にあたり彼の設定は大きく変えられている。まず戦災孤児であり本條写真館で働いている所は同じ。とにかくこの映画のお笑い担当になっている。直吉と行動してる事が多く、腰巾着みたいな存在。しかし彼の存在をこうも大きく変えるとは市川監督も思い切った事をしたと思う。で、彼は敏男の生首風鈴を金田一、徳兵衛、直吉と一緒に目撃した人物でもある。その後は金田一にまとわり着いて勝手に助手についてしまった。しかし、以外にも彼の調べた法眼家の家計図、五十嵐家の家計図が事件解決に貢献した。事件解決後に本條写真館は潰れ仕事を無くす羽目になる。ちゃっかりラストのエピローグに登場し、特別出演の横溝先生に「所で、何か仕事ないですかね?僕、何でもやります」と言っていた。最後までお笑い担当だった。

三之助

この人も映画オリジナルの登場人物である。映像派の人は何度この人のラストシーンの所で目を潤ませたか解らない。三之助は随分長い事、法眼の家に仕えており大奥様の弥生にも気に入られ頼りにされている存在なのだ。どのぐらい気に入られているのかと言えば、法眼家には高級車があるのにも関わらず弥生奥様は彼の人力車で移動をしているのだ。セリフの中でも弥生の身内から「車があるのにわざわざそのような物に乗らなくても、、、」と言われた時に弥生は「いいえ、私は三之助の車が好きなのです」と言っている。共犯者とも言えないかもしれないが切断された敏男の胴体と由香利の死体を海の見える丘に埋めてやるとゆう行動をしている。ラストの坂道の場面での三之助の「法眼の家はもうすぐです」、「これから法眼の家はどうなるんでしょう」、最後に「着きました奥様」と言って弥生の姿を見てすすり泣くシーンはこちらまで貰い泣きをしてしまいそうだった。何回見てもやはりこのシーンで潤んでしまうのは私だけでしょうか。追い討ちをかける様に坂の上から眺める金田一がまた良かった。

アングリーパイレーツ(怒れる海賊達)

トランペット サムソン野郎のビンちゃん 山内敏男
ドラム テキサス哲ちゃん 佐川哲也
ピアノ フロリダの風ちゃん 秋山風太郎
テナーサックス マイアミのまあちゃん 原田雅美
ギター へっぴり腰の平ちゃん 吉沢平吉
ボーカル コユちゃん 山内小雪アングリーパイレーツ(怒れる海賊達)

この連中こそ、この「病院坂の首縊りの家」の影の主役とも言える存在。映画版では上の4人しか取り上げられてないのだが、抜けているメンバーはフロリダの風ちゃんとマイアミのまあちゃんの2人。この2人は忘れられていると言ってもいい。彼らはトラックで移動しているらしく活動場所はアメリカ軍のキャンプらしい。ビンちゃんがリーダーで仕切っているようである。哲ちゃんはコユちゃんの事を好きらしいのだが、それを苦々しく思っているのがビンちゃんである。立場上は兄と妹の関係なのだが血の繋がりは無いのでビンちゃんはコユちゃんを物にしたいのである。とうとうビンと哲は喧嘩をしだす始末に発展する。こうなると喧嘩の強そうなビンちゃんが圧倒的な強さを発揮し哲ちゃんの片目を潰してしまった。眼帯をしているのはそのせいである。へっぴり腰の平ちゃんは原作では気が弱くオドオドしていたのだが映画ではズケズケとしていて犯人を脅迫までしている。しかし、脅迫したのはいいが油断して犯人に後ろを見せてタバコを吸ってる隙にマイ・ギターでぶん殴られて気絶している所を更にギターの弦で首を締められて殺されてしまった。映画ではそんなに存在感は感じられず単にそう言うジャズグループが居るとゆう扱いなのだが原作ではかなりの幅を利かせている。原作は前編、後編と2つに分けられているのだが、そのほとんどを彼らの存在が占めているといってもいい。ビンちゃんの生首風鈴事件から20年の月日が経ち、当時の彼らは中年のおじさんになって登場する。原作でも平ちゃんは殺されてしまうのだが映画の殺され方とは違っている。もう一人、アングリーパイレーツの見習いと言う存在のケンタッキーの謙坊こと加藤謙三という男が原作で登場。彼には悪い癖があり男女の交わりを覗いては自慰にふけっていたらしい。しかもビンちゃんが女とイチャついてる所を覗き込んでボコボコにされると言う失態を見せている。彼の存在は映画ではまったく無し。映画での彼らの活躍はオープニングの時と回想シーンで登場し「イッツ・オンリー・ア・ペーパームーン」という曲を歌っていた。気性の荒いビンちゃんが楽しそうにトランペットを吹き、優雅に歌を歌うコユちゃん達が印象的だった。