キャンディーズ『微笑がえし』にまつわるエピソード

衝撃の解散宣言のあと、全国的ファン組織である「全国キャンディーズ連盟」が動き出します。ファンの本音としては「続けて欲しい」だったと思いますが、彼らの出した結論は、「本人達の意思を尊重し、解散までの道程をバックアップしよう」ということでした。

キャンディーズ・カンパニー(※注)が結成されました。法的に登記された会社組織ではなかったようですが、都内に事務所を構え、「広報部長」等の役職を置き、活動を開始します。メンバーは皆、20歳前後の若者達 だったようです。

具体的な目標は「キャンディーズの曲をチャート1位にすること」。

これまで数々のヒットを飛ばしてきたキャンディーズですが、まだ1位というのはありません。解散までに1度、キャンディーズに1位を取らせたいというのがファンの願いでした。

’77年12月5日、新曲『わな』が発売されます。初めてミキちゃんがセンターボーカルを担当したナンバーです。しかし結果は3位止まり。う~ん、残念。(ちなみにこの時1位をばく進していたのはピンクレディーの『UFO』)

年も明けて2月25日。最後のシングル『微笑がえし』が発売。 作曲は、もはやキャンディーズにはなくてはならない存在となった穂口雄右氏。作詞には阿木燿子さんを迎えました。

泣いても笑ってもこれがラストチャンス。「キャンディーズに悲願の1位を!」と街頭でビラを配り歩き、ラジオ・テレビへ毎日何十枚とリクエストハガキを出し、友人知人に勧める等、地道な、しかし精力的な運動が全国で展開されました。

そして発売2週目。ついにオリコンチャート1位に『微笑がえし』の文字が!

快挙、といっていいでしょう。みんな泣いたといいます。最後の最後に、まさにファンの力で勝ち取った1位の座です。あまりにドラマチック。まるで誰かが演出しているかのごとき出来事ですね。

こうしてキャンディーズは勲章を、単に「1位になった」ということではなく、「ファンと一体になって勝ち取った栄光」という勲章を胸にファイナルカーニバルにのぞむことになります。

よくキャンディーズは「絶頂期に解散宣言をした」といわれますが違いますね。彼女たちはその後も上昇を続け、まさにファイナルのその瞬間こそが「絶頂期」だったのです。

※この辺の組織の構成や成り立ちなどについてはごく断片的な情報しかないので、それをつなぎ合わせておいらなりに解釈したお話をさせて頂いております。 また全キャン連に代表されるキャンディーズの応援団ですが、映像資料などを見ているとまるで学生運動のようなちょっと他には見ない盛り上がり方ですね。 おいらの見聞きする限り、全キャン連は他のタレントのファンクラブなどとは違う、かなり特殊な組織であったようです。

カンパニーに関しては、ファイナル・カーニバルの「主催」となっているなど、単なるファン組織とは思えない活動をしています。その辺の、例えばナペプロとカンパニーの関係等、詳しい情報をお持ちの方がい らっしゃいましたらぜひ教えて頂きたいと思います。