キャンディーズとピンクレディーの関係性にまつわるエピソード

キャンディーズとピンクレディー。人数こそ違えど、同じ女の子のユニットとして当時から何かと比較されることの多かった両者。「ライバル」などともいわれ、よくテレビや雑誌などで特集も組まれたりしました。両方のファンであったおいらとしてはこれらは「一粒で二度おいしい」企画(笑)。どちらが上か下かなんて関係なく、楽しんでいました。メディア側でも別に甲乙つけるのが目的ではなく、人気の両者を取り上げることによる視聴率や売上のアップを狙っていただけでしょう からね。

ただ、そんな中でも全体的な論調としては「本命はピンク、キャンディーズは対抗」「ピンクがチャンピオンでキャンディーズは挑戦者」といった見方が大勢を占めていたように思います。まあなんといいますか、パソコンに詳しい人じゃないとわかりにくい例えだとは思いますが、「ピンクがインテルでキャンディーズがAMD」といったところでしょうか(笑)。

確かにレコードセールスでは大きく水を空けられていました。ミリオンセラー連発、レコード大賞受賞、チャート1位は当たり前、 紅白の裏でピンクの単独番組放映、全米デビュー、ビルボード紙でチャートイン(最高位37位。ケイちゃん曰く、これは坂本九を除いては日本人最高だそうです)、 NBCでレギュラー番組獲得、 桁違いのキャラクターグッズ・・・、とキャンディーズが達成することのなかった数々の栄光をピンクレディーは手にしています。間違いなく(現在も含めて)ピンクレディーは「モンスターアイドル」でした。

しかし逆に言えば、そのモンスターの対抗馬と見なされるだけの実力がキャンディーズにはあった、ということですね。多くの人達に親しまれたという点ではキャンディーズも決して引けを取らなかったわけですし、記録的には敵わなくても日本中の人々の記憶には残っています。(比較の対象が凄すぎるだけで、他の多くのアイドル達と比べれば充分胸を張れるものを残しているともいえます)
最後の最後、『微笑がえし』でピンクレディーをはじめ並み居る強豪を抑えて1位を獲得したのも非常にドラマチックで印象に残る出来事でした。 ピンクレディーの解散時を知らなくてもキャンディーズの解散劇を覚えている人は数多くいるはずです。記録だけでは計り知れない多くのものをファンに与えてくれたグループでした。

ピンクレディーがギンギラギンに輝く大スターだとすれば、キャンディーズはちょっと土臭い、しかし親しみの持てる「隣のお姉さん」的な存在だったと思います。

そこで新たな比喩を提示したいと思います。

「ピンクレディーがあの頃の芸能界の”王貞治”だったとすれば、キャンディーズは”長嶋茂雄”だった!」。

追記:ピンクレディーのデビューは1976年8月25日。キャンディーズの解散 が78年4月4日ですから、両者が共存した期間はわずか1年7ヶ月ほどでした。キャンディーズはピンクのデビュー前からトップアイドルの座を築いていたわけだし、ピンクはキャンディーズ解散後も偉大な足跡を残し続けました。にもかかわらず まるでずっと競い続けたライバルであるかのように名前が挙がるのは、それだけ両グループの存在が人々に大きなインパクトを与えていた証でもありますね。

更に追記:解散後もテレビ等でおもしろおかしく当時のエピソードを語り、また何度となく再結成をくり返し、新曲も発表し、最近では2年間100本のライブツアーを行ったりと 、今でも「ピンクレディー」としてファンを楽しませてくれているミーちゃん・ケイちゃん。

一方、復帰後は当時の話はほとんどせず、「元キャンディーズ」としての取材・出演も頑なに拒み続けているラン・スー・ミキの3人。公の場で3人が顔を揃えるということもありません。ミーちゃん・ケイちゃんが「元ピンクレディー」の肩書きを楽しんでいるようにさえ見えるのとはまったく対照的です。もしも 今3人が揃って番組出演、ましてや「再結成」なんてなったら、ピンクレディーを上回る盛り上がりをみせること間違いありません。

ファンとして正直な、ほんとに正直な気持ちでいえば、再結成はともかく「ピンクのようにもっと話を聞かせて欲しいな」 と思います。3人で座談会、なんて番組があったら最高ですね。でもそれは叶わないことのようです。

語らない理由。それは彼女たちの胸の中にあって周囲の計り知ることの出来ないことですが、逆にそのせいでわれわれは当時のままのキャンディーズを今も胸に熱く思い描くことが出来るともいえるでしょう。まるで色褪せない初恋の思い出のように・・・