キャンディーズの元祖バラドルとしてのエピソード

元祖バラドルといわれたキャンディーズ。そう呼ばれる所以となったのはいうまでもなく、『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』と『全員集合』というレギュラー番組ですね。しかし同じコント番組でも両者ではかなり色合いも違うし、キャンディーズ自身の思い入れも違うように思います。ここではその辺を少し検証してみたいと思います。

「わが愛しのキャンディーズ」のコメント

2006年7月17日にNHK BS2で放送されて以来、半年足らずの間に3回も再放送されたキャンディーズの特集番組。ご覧になった方も多いでしょう。当時の貴重な映像や関係者のコメントなど、非常に中身の濃い特集でした。おいらもビデオに録って何度も見返しました。

その中でちょっと興味を引いたこと。それは解散宣言についての伊東四朗さんと加藤茶さんのコメントでした。

「びっくりした。あんなに売れてるのにやめるなんて嘘だと思った」
という加藤茶さんに対し、

「僕は聞いてましたよ」
とさりげなくいう伊東四朗さん。ここに「「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」」とドリフ番組に対するキャンディーズの思い入れの違いを見たような気がしました。もちろん仕事としてはどちらも全力投球していたと思いますが、なんでも話せる相手と一緒の現場とそうでない現場とではやはり気持ちの上で違ってくるのではないかなと思ったんですね。

もしかしたらいかりや長介さんにだけは話していたという可能性もありますが、なんとなくそれはなかったような気がします。あくまでおいらの個人的な憶測ですけど。

「師匠」と「先輩」

笑いに対してとても厳しかったといういかりや長介さん。『全員集合』でも『大爆笑』でもリハーサルには長時間をかけ、台本通りに出来るまで決して妥協はしなかったといいます。いかりやさんが亡くなった時の追悼番組での加藤茶さんや志村けんさんの話によると、その収録現場は非常に緊迫してピリピリしたムードが漂っていたそうです。 ゲスト出演した歌手の人たちのコメントでも「歌のリハーサルはちょこっとだけで、コントの稽古ばかりやらされた(笑)」なんていう話も聞かれました。通常のバラエティ番組の収録は和気あいあいと笑いが絶えないのが普通だと聞きますので、ドリフの場合はかなり特異なものだったようですね。 いかりやさんの“こだわり”を感じさせられました。

それに対し『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』の方はかなりアバウト(笑)。セリフをかんだり小道具に不具合があったりしてもそのまま放送しちゃってました(いかりやさんだったら絶対に撮り直ししてたでしょうね)。 またギャグなんかでもキャンディーズ自らがいろいろ考えてやっていたので、すべて台本通りを要求された『全員集合』よりも楽しんでやっていたんじゃないかなと想像します。そしてそういう3人を温かい目で見守っていたのが笑いの先輩である伊東四朗さんと小松政夫さんだったのでしょう。

以上のようなことを考えると、いかりやさんは彼女たちに「笑いとはなんであるか」を教えた師匠・・・には違いありませんがちょっと近寄りがたい存在、厳しい師だったのかな。それに対し伊東四朗さんはなんでも相談できるお父さん的存在(コントの役柄は“お母さん”でしたが)だったのではないかな、なんて思える次第であります。