ジャック・オディアール『預言者』解説とあらすじ

刑務所や収容所などが舞台となる映画が好きである。閉ざされた状況で、いかに生きるか。その人間性が露わになり、時には、登場人物たちが、良くも悪くも大変革を遂げたりする。映画だけではなく、およそドラマとしての格好の材料だろう。

思いつくままに映画を挙げてみても、「抵抗」「穴」「終身犯」「ミッドナイト・エクスプレス」「パピヨン」「アルカトラズからの脱出」「ショーシャンクの空に」「es」「グリーン・マイル」などがすぐに思い浮かぶ。いずれも傑作と思う。

何度も脱走を試みたり、刑務所の職員をこてんぱんにやっつけたり、刑に服する間に成長を遂げたりなどなど、その表現、テーマは異なっていても、日常の空間ではない、閉ざされた場所だからこそのドラマが成立する。

このほど、第62回のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した「預言者」(スプリングハズカム配給)もまた、この系譜につながる一本だろう。

舞台はフランスの中央刑務所。19歳の若者マリクは、傷害罪で刑務所に入れられる。刑期は6年、アラブ系の無口な男である。刑務所は、コルシカのマフィアらしい男セザールがボスとして君臨し、看守たちを抱き込んでいる。刑務所で生き延びるために、マリクは、セザール一派の力に頼らざるを得ない。

頭角を現した囚人たちは、行き届いた個室で服役できる。携帯電話や、いかがわしいDVD、麻薬まで、大抵の品を手にすることができる。そういった刑務所の状況が、リアルにきめ細かく描かれる。また、時には、主人公の見る夢や幻想シーンが巧みに挿入される。

一種の教養小説さながらに、無学だったマリクは、知恵を付け、成長し、生き延びていく。

マリクの変貌ぶりがよく分かるのは、顔付きと身のこなしである。時間の経過とともに、精悍になっていく。演じたタハール・ラヒムの巧みさだろう。セザールを演じたニエル・アレストリュプは、冷酷なマフィアのボス役を圧倒的な演技で押し切ってしまう。

閉ざされた状況であっても、刑務所の中は一種の組織、社会である。現実の社会の縮図さながら、マリクの「人生」が展開していく。しかも、いろんな人種が服役し、勢力争いがある。いまのフランス社会の背景にある現実が、浮かびあがる。

監督のジャック・オディアールは、もともとは脚本家。2005年に「真夜中のピアニスト」を監督するなど、長編のキャリアはまだ5本目だが、「預言者」での語り口は、ときにはリアル、ときにはサスペンスたっぷり、ときには夢や幻想まで映像に取り入れる。いささか凄惨なシーンもあるが、結末の運びが達者、すでに手だれの演出である。

若者の遂げる変貌と、刑務所の内外で展開する勢力争いを絡めて描いていくが、多くのことを語るのに、多くのセリフは要らない。削ぎ落としたセリフの中に、多くを語らせる。巧みな伏線と相俟って、アブデル・ラウフ・ダブリの手になる脚本は、シンプルながらコクがあり、見事だ。

ちなみに、タイトルの「預言者」とは、映画の中ほど、いささかシュールで幻想的なシーンの後で、ブラヒムという男がマリクに向かって言うセリフがある。「お前は何者なんだ?預言者か?」に拠るものと思われる。

エンド・クレジットにブレヒトの傑作戯曲「三文オペラ」からの「マック・ザ・ナイフ」が流れる。クルト・ワイルの名曲だ。「鮫は美しく鋭い歯を持っている。その歯はまるで真珠のように輝いている。マックヒースもまた、同じような鋭い刃のナイフを、隠し持っている・・・」。
本編のテーマを言い当てて、効果たっぷりの選曲だ。

あらすじ

アラブ系の若者マリク(タハール・ラヒム)は19歳。無学で身寄りのないマリクは、傷害罪で逮捕され、弁護士費用の補助申請書にサイン、6年の刑期で中央刑務所に収容される。

マリクは、入所早々、暴行を受ける。ここで生き残るためには、徒党を組むか、ボスらしき人物の仲間に加わるしかない。最大の勢力は、コルシカのマフィア、セザール(ニエル・アレストリュブ)の一派だ。

シャワーを浴びるマリクに、麻薬と引き替えにホモ行為を迫るレイェブ(ヒシャーム・ヤクビ)。レイェブは、セザールの仲間を密告した男だ。セザールはマリクに、レイェブ殺害を命じる。セザールは、刑務所の医者や看守たちを、すでに手懐けている。文字通り、所内のボスであるセザールは、マリクを脅す。「殺らなければ、お前を殺す」と。

ためらうマリクに、セザールの仲間は迫る。マリクの頭にレジ袋を被せて、レイェブ殺害を強要する。いやがるマリクは、時間稼ぎにジーンズの縫製作業中に、暴力沙汰を起こす。懲罰房に入れば、時間が稼げるとの魂胆だが、セザールはさらにマリクを痛めつける。

殺しに加担せざるを得なくなったマリクに、殺害方法が伝授される。手口は、カミソリを口に忍ばせ、一気に喉を切り裂くというもの。その練習までさせられ、マリクはなんとか任務を果たす。
所内では、無学な囚人に読み書きを教えている。マリクも、勉強を始める。そんなマリクは、たびたび、殺したレイェブの夢や幻想に襲われる。

1年後。マリクは、セザールの仲間になっているが、いわば召使い同様の待遇である。所内では、コルシカ系とアラブ系の囚人同士の諍いが絶えない。そんな中、マリクは同じアラブ系の囚人リヤド(アデル・ベンチェリフ)と知り合う。

セザールの計らいで、マリクは配膳係になる。所内を自由に動き回れる特権があるが、もちろんセザールの狙いは、所内の様子をマリクにスパイさせることである。

マリクは、セザールに仕えるように振る舞いながら、ジプシーの男との麻薬の取引にも加担し、少しずつだが、所内でそれなりの地位を占めるようになっていく。

模範囚には外出が許される。セザールはマリクに模範囚になれ、と命じる。もちろん、セザールの企みを、娑婆で実行するためである。やがて、セザールは、マルセイユでの重大な任務をマリクに命じる。

すでに出所しているリヤドの手引きで、セザールの任務と自らの麻薬ビジネスをこなしているマリクだが、やがて、セザール一派の勢力争いに巻き込まれていくことになる。

リヤドは、ガンに冒され余命いくばくもない。妻と息子の面倒をみるよう頼まれたマリクは、ある決心を胸に、マルセイユに向かうが…。

1月21日よりヒューマントラスシネ渋谷ほか、全国順次ロードショー