ミシェル・ゴンドリー『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』解説とあらすじ

もう20年近く前、「The Essential a salute to duke ellington」という輸入盤のCDを買った。タイトル通り、いろんなジャズメンが大御所のエリントンにちなんだ曲を唄い、演奏する。ビリー・ホリディの唄う「ソリチュード」、ウディ・ハーマン楽団の「サテン・ドール」などが収録されている。最後を飾るのがエリントン楽団の演奏する「A列車で行こう」だ。このCDでの聴きものは、ギターのケニー・バレルが弾く「ムード・インディゴ」。静謐なサックスに、バレルのブルージーなギターが重なる。

この「ムード・インディゴ」をタイトルに、1946年に書かれたボリス・ヴィアンの小説「うたかたの日々」を原作にしたフランス映画が「ムード・インディゴ うたかたの日々」(ファントム・フィルム配給)だ。原作には、エリントンの音楽があちこちに出てくるので、アメリカに一度も行ったことのないヴィアンが、いかにエリントンを敬愛していたかが分かる。

映画では、冒頭から「A列車で行こう」が流れ、カクテルピアノでカクテルを作るシーンで出てくる曲は、セリフで「ブラック・アンド・タン・ファンタジー」と、ピアノで弾かれるのは「キャラバン」(原作の新潮文庫「日々の泡」では「恋なき恋」となっている・曾根元吉訳)だ。また、「ソフィスケイテッド・レディ」に、ヒロインの名は「クロエ」と、まさにエリントン尽くしである。

イメージの変貌が著しい文章、豊饒なイメージで貫かれた原作を、きちんと映像化するのは不可能と思っていたが、過去に、フランスで「うたかたの日々」と、日本で「クロエ」と映画化されている。どちらも未見だが、そう評判にならなかったことを考えると、うまく映画にできなかったものと思われる。

このほどの監督は、ミシェル・ゴンドリーである。かつて、「エターナル・サンシャイン」や「恋愛睡眠のすすめ」、「僕らのミライへ逆回転」を撮った監督である。幻想的なイメージが続出、不思議な映像を撮り続けている映画作家の一人だ。ゴンドリーは、10代で小説「うたかたの日々」と出会う。以後、いつか映画にと考えていたに違いない。

事実、本作は、原作の幻想的なイメージを、ことごとく、軽快に、美しく、華麗に、そして、まことにシリアスに再現する。ウナギの料理、カクテルピアノ、雲に乗る恋人たち、人体で暖めると成長する銃身…。

レーモン・クノーが言うように、ヴィアンの原作は「悲痛な恋愛小説」ではあるが、単なる恋愛小説ではない。お金を持つことの意味や、人間が組織と関わった結果、労働することの意義にまで、深く踏み込んでいる。これはもう、文明批評。人間が人間であろうとする状況を、踏みにじる権力の存在にまで、ヴィアンは迫っている。

ロマン・デュリス扮する裕福な青年コランと、オドレイ・トトゥ扮するクロエが恋に落ちる。当初は幸福そのものだが、クロエは、肺のなかに睡蓮が生えるという奇病にかかる。経済的余裕が無くなったコランは、クロエの高額な治療費を工面するため、働きはじめる。シンプルなストーリーながら、ここには、現代にも通じる多くのテーマが見え隠れする。洒落っ気やユーモアもたっぷりだが、寓意に満ちた批評精神も満載である。人の顔をしたネズミ、ゴキブリのように這い回るベル、哲学者ジャン=ソール・パルトルの存在など。登場する人物やアイテムそのものが、痛烈な批評と思う。

原作でも映画でも、哲学者のジャン=ポール・サルトルを思わせる人物ジャン=ソール・パルトルが登場する。派手な騒動となるバルトルの講演会シーンを、ゴンドリーは見事に映像化する。からかわれたサルトル自身は、ヴィアンを高く評価し、サルトルのパートナー、シモーヌ・ド・ボーヴォワールや、ジャン・コクトーも、作家としては黙殺されたヴィアンを誉めている。

本作の映画的興奮はただものではない。驚くほど華麗で、愉快なシーンが連続する。驚くのは、オマール・シー扮するコランのお抱え料理人ニコラの作る料理の詳細だけではない。さまざまなものが、極端に誇張されて描かれ、華麗で愉快なシーンは、やがてシリアスな度合いを高めていく。

ハッピーな、幸せな日々が、長くは続かない。お金とは、労働とは、自由とは、だから人間とは…と、じわりと問いかけてくる。いろんな不幸が重なるにつれ、不条理さが増す。華麗な映像が、次第に色を無くし、モノクロームになっていく。

ヴィアンの描くラストは、ハツカネズミと猫の寓話である。ゴンドリーもまた、ゴンドリーの描き方で、悲痛なラブストーリーから、世の不条理に「ノン」と言い放つ。

アメリカ人ふうのペンネーム、ヴァーノン・サリバン名で、フランス映画「墓にツバをかけろ」の原作小説を書き、ジャズ・トランペットを吹き、シャンソンを作詞作曲もする才人ヴィアンである。その才気あふれる批判精神と、魔術ともいうべきゴンドリーの映像表現が、見事に合体したと思う。これまでのゴンドリー作品は、「ムード・インディゴ~うたかたの日々~」にたどり着くまでの予告編と思えるほど、これはゴンドリー作品の最高傑作と思うし、映画史上に残る作品となるにちがいない。

あらすじ

パリ。瀟洒なアパートからは、街が一望できる。優雅に暮らす住人コラン(ロマン・デュリス)は、人間の顔をしたネズミと、料理人のニコラ(オマール・シー)と、自由気ままな日々を過ごしている。湯沸かし器から出てきたウナギを捕まえて料理したりで、ニコラの作るメニューは風変わり。コランは、ピアノを演奏すると、カクテルが自動的に出来るというカクテルピアノを作ったりする。

ある日、哲学者のジャン=ソール・パルトルに憧れている友人のシック(ガッド・エルマレ)が訪ねてくる。シックは、カクテルピアノで「キャラバン」を弾くと、たちまちおいしそうなカクテルができあがる。コランとニコラは、主人とその料理人という関係だが、ふたりは仲良しで、デューク・エリントンの名曲「クロエ」のレコードをかけて、踊ったりする。

シックは、ニコラの姪のアリーズ(アイッサ・メガ)と恋仲で、ニコラにもイジス(シャーロット・ルボン)という恋人がいる。コランだけがひとりぼっち。突然、「恋がしたい」と叫ぶコラン。コランたちは、イジスの飼っている犬の誕生パーティに出かけ、コランは、クロエ(オドレイ・トトゥ)という可愛い娘と出会う。エリントンの「クロエ」と同じ名だ。コランは思わず「君を編曲したのはエリントン?」と聞いてしまう。クロエはキョトンとするだけ。

それでも、クロエは、コランとのデートに応じる。雲に乗って、パリの空を散歩し、地下の森を歩く。うまくいかなければどうしょうと、おろおろするコランに、クロエは、「二人でいられるなら、何度でもやり直せるわ」とキスする。

しばらく経ったある日、コランたちはスケート場で遊んでいる。コランはクロエにプロポーズしようと決心した途端、コランはクロエと正面衝突してしまう。担架に乗せられたコランは、やはり担架に乗せられたクロエに言う。「結婚してくれる?」。「ウイ」と答えるクロエ。

結婚式を控えて、バラやアネモネなど、たくさんの花を注文するコラン。結婚式の日、相変わらずパルトル狂いのシックは、店先で見かけたパルトルの彫像を、お金もないのに買おうとする。教会での挙式は型破り、まるでディズニーランドで遊んでいるかのよう。ニコラの運転するガラス張りのリムジンに、コランとクロエが乗り込む。幸せそのもので、新婚の初夜、抱き合うコランとクロエ。その時、クロエの肺に「何か」が飛び込んでくる。

コランは金庫を開ける。たくさんあったお札が、いまはかなり減っている。アパートの窓ガラスも、少しずつ磨耗している。みんなで出かけることになる。コランとシックはスケート場にいる。クロエが失神したとの報せがコランに届く。検査の結果、クロエは、肺に睡蓮が咲くという奇病であることが判明する。クロエに診断された怪しげな薬、肺の手術に膨大な費用がかかる。

もう、金庫のお金は残り少ない。やむを得ず、ニコラを辞めさせ、コランは働きに出る。親友だったシックもまた、バルトルに入れ込んだ結果、アリーズとの間に亀裂が生じる。クロエの症状は、ますます悪化していくが…。

「ムード・インディゴ~うたかたの日々~」
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