アピチャッポン・ウィーラセタクン『ブンミおじさんの森』解説とあらすじ

「映画は夢……。かくされた感覚や思いが、かたちを変えて像を結ぶ」。これは、「泥の河」や「眠る男」、「埋もれ木」などを撮った映画監督、小栗康平さんのオフィシャルサイトの言葉だ。2010年のカンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の「ブンミおじさんの森」(ムヴィオラ配給)を見て、まっさきにこの言葉を思い出した。

タイの田舎、主人公は、農園を営むブンミおじさん。腎臓の病気で、死期が近いことを悟る。農園では、虫や鳥たちの鳴く声や、木々を揺らす風の音が聞こえている。そこに、ずいぶん前に亡くなった妻や、行方不明だった息子が現れる。息子は、森で猿の精霊に出会い、猿の精霊たちの仲間になる。

ブンミは、みんなに昔の写真を見せ、いまの農場の様子を語る。妻の願いだった養蜂場に、呼び寄せた妻の妹を案内し、農場を継ぐように頼む。

ふしぎな挿話が出てくる。王女の手が若い兵士に触れる。王女が顔を水面に映すと、たちまち美しくなる。抱き合う王女と兵士。滝の近く、水中にナマズがいる。王女はナマズとともに泳ぐ。やがて王女はナマズに変身し、二匹のナマズが戯れるように泳ぐ。ブンミは死を覚悟して、妻への愛を告白する。そして、ブンミは、みんなといっしょに森の奥の洞窟に入っていく。

ブンミのお葬式のあと、ふしぎな出来事が、まだまだ起こる。なんとも、ふしぎな映像や、エピソードが相次ぐ。登場する人物たちの会話は、ごくごく普通なのに、構成された映像は、難解といえば難解。だが、ふしぎと、こころおだやか、ゆったりとした美しい映像の流れに身を任せていくうちに、どこかなつかしい思いにとらわれる。

映画には、どのような場所で撮ってもいい映画と、どうしてもこの場所で撮らなければならない映画があると思う。本作は、明らかに後者だろう。タイの田舎の農園、沼、森、洞窟などの自然が、映画成立の必須の条件となる。もちろん、霊の存在を肯定し、輪廻転生という概念の色濃く残るタイだからこそ、ということもある。タイのこの場所でしか成立しえない挿話が、ちらほら出てくる。共産兵を殺した話などは、タイの軍事クーデターによる結果と思われる。ブンミの夢のなかには、独裁者の支配する世界も登場する。

本作では、死者が平然と現れたり、人間が動物やナマズに変容するなど、霊的な、あるいはありえない現象が、ごく当たり前のように描かれる。臨死体験や、人の死を予言するといった霊的な能力を、リアリズムで描いたクリント・イーストウッド監督の新作「ヒア アフター」は、それなりに面白く見せてくれた。しかし、リアリズムからほど遠いところから描かれた「ブンミおじさんの森」に、より、こころがときめくのである。

まるで、おとぎ話、ファンタジーではあるが、映画の結構そのものが、輪廻転生、変容をめぐってのファンタジーである。輪廻転生を信じている。前世では人間でなかったかも知れない。来世もまた、人間として生まれ変われるとは思わない。水牛かもしれないし、ナマズかもしれない。だからこそ、与えられた生を、よりよく生きること。そして、しずかに命の終わりを受け入れること。ブンミおじさんの生き方を見て、そう思った。

ウィーラセタクン監督は、映像の持つ可能性や持てる力を、存分に引き出し、観客の想像力を限りなく刺激する。人の生と死、輪廻転生、政治や哲学への思い、自然のありようなどの大きなテーマが見え隠れしながら、巨大なファンタジーが、自由な美しいイメージで結ばれる。

これは、希有な映像である。自然のいろんな音、声といった音響効果も斬新。もっとも、観客のこころに、このファンタジーが像としてうまく結ぶかどうかは、映像や音響とつき合う観客の力量にかかっているのだが。

あらすじ

水牛がいる。水牛は綱をほどいて、草原を走り、森に向かって駆けていく。飼い主らしい男が水牛を見つけ、綱をかけて、連れていく。その様子を、暗闇のなかの赤い目が見つめている。

タイの田舎。農園を営むブンミ(タナパット・サーイセイマー)は、腎臓を病み、人工透析の世話になっている。妻のフエイ(ナッタカーン・アパイウォン)は、19年前に亡くなっている。ブンミは、妻の妹ジェン(ジェンチラー・ポンパス)と、親戚の青年トン(サックダー・ケァウブアディー)を、自分の農園に呼び寄せる。

ブンミは、死期を悟っているようだ。食事中に、死んだ妻フエイが現れる。フエイは、42歳で死んだときと同じ姿をしている。嬉しそうなブンミ。「母さん」と、行方不明だったブンミの息子ブンソンもやってくる。ブンソンは森で撮った写真の、訳の分からない生き物を探しに、森に入っていく。それは、猿の精霊で、ブンソンは猿の精霊の仲間になる。

ブンミは、妻の夢だった養蜂場や、妻の葬式などの写真を、フエイに見せる。ブンミは、ジェンを農場に案内し、自分が死んだら、農場を継ぐようにと頼む。

王女とナマズの話が挿入される。死期がせまっているブンミは、フエイに、愛を告げる。ブンミ、フエイ、ジェン、トンの四人が、森に向かう。そして、真っ暗の洞窟に入っていく。「何も見えない」とブンミ。「闇に慣れれば、また見えるわ」とフエイが答える。

ブンミは、タイムマシーンにのった夢を見る。未来には、友人たちが大勢いるが、独裁者の支配する世界である。ブンミはそこから逃げ出す。ブンミは、見た夢の話を終えると、眠るように目を閉じ、静かに、死を受け入れる。ブンミの葬式で、トンは僧衣を着ている。その夜、またまた、ふしぎな出来事が起こる。

第63回カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞
「ブンミおじさんの森」